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その28「西欧の都市デザイン♪の巻」 | |
ピカイチ君の「欧州のまちづくりレポート」のシリーズ第六話でございます。 【絵になるバロック建築、日本はバラック建築か】 都市の景観は、地形や風土、機能や成り立ちなどとともに、都市を形作る人間の意思をもよく表現する。 時の覇者あるいは都市そのものの権威を景観的に最大限演出することを意図したものがイギリスの国会議事堂のようなバロック都市デザインである。 街路と建造物を巧みに組み合わせて自然体の形態に明確なパタンを与え都市の顔を顕示するバロック都市のデザインは16cイタリアで生まれた都市デザインモデルの一つである。
今回の視察で特に感じたのはロンドン、パリ、ローマ等のバロック建築様式都市の広幅員直線街路とそれらの終点に位置する建造物である。 視覚的な一点透視図の美しさを演出する。 街路に面した建物は均質な表情が効果的で、高さ、色などデザインは統一されている。 そのため視点の行き着くところに絶対的な権威を象徴することになる。 パリの凱旋門から放射状に出る12本の街路、オペラ座の正面玄関にすわってみると、ここを中心とした街路の対称性に驚く。 ローテンブルグのような教会を中心としたドイツの城壁都市に見られた中世都市にあった広場や居心地のよさは切り捨てられている。 19c、都市内の急激な車社会化と衛生問題の解決のために、ヨーロッパの主要都市はバロック建築の大胆で明快な都市づくりがなされた。
成田に戻りスカイライナーで上野の帰途、町並みを見た。 家の多様性(高さ、色、形)が滑稽に見えてきた。 統一のルールは日本にはないのだ。権威の象徴もないのだ。 まちには電柱が乱立し電線が張り巡らせ、パリの重厚なバロック建築の見た後では、さしずめ蜘蛛の巣のはったバラック建築であった。(座布団3枚!) 【まちの輪郭と生活が見える夜景】 今回の研修は訪問国の移動で飛行機に6回乗る機会があった。 フランスからイギリスへの夜の移動では、フランス、ドイツの夜景がまちの輪郭がよく分かるものだ。 日本の夜景は山林部以外に様々に光るガラス玉を撒いたように無秩序なものだったが、フランス、ドイツは平面的にオレンジに統一して光るコンパクトな街が分散し、ほのかにたたずみ、それを高速道路が四方八方に繋げている。 どこかで見たような光景は、まるで脳神経とニューロンのよう?だった。 ドイツはさらに分散した夜景であった。 道路の機能と街との関係がよく分かる。 高速道路は街の外を走っているし、街に近づくと高規格道路に別れ、町中の道路は規則的に設計され、住宅の明かりは等間隔に見えた。
パリの夜、エッフェル塔に登ってみた。 1898年パリ万博のために建てられたもので、鉄骨骨組みも東京タワーと比べるとマッチ棒の模型のような気がした。 ダムのインクラインのようなエレベータで高さの中程(第2展望台)まで登る。 ここは吹き抜けだ。まるで火の見櫓だ。 最上展望台からの夜景は息を呑むものだった。 思ったほど街はきらきらと光ってなく、セーヌ川が静かにたたずんでいた。 町中の夜もホテルの帰り道、歩いて見ることが出来た。 市街地の中心部は日本ほど明るいものではなかった。 街灯は少なく、ショーウインドーの明かりと住宅の窓明かりが街の営みを醸しだし、日本のように閉店時間でシャッターを降ろしてしまうところはなく、暗くはなかった。そもそも商店にシャッタ-がないのだ。 セーヌ川では一人でバトームーシュに乗ってみたが、イカ釣り船のように船の方から建築物や橋をライトアップしながら乗客を楽しませた。極めて合理的である。
日本の中心市街地は夜寂しい。生活感がないからなのだと思った。 明るい街灯が閉じた店を浮き出させている。足元さえ明るければいい。 県内どこにもある照明だけが元気のいい中心商店街。 生活の見える街であれば防犯上の照明は少なくてもいいのではないか。 塀で、シャッターで隠して人の存在感が見えない夜だから寂しい。 従来の街灯整備でいいのだろうか。 中心市街地の活性化に沿道光景観の形成は起爆剤となると考える。 街灯を検討する部署は何処だ?日本では該当がないのだ。(座布団2枚!) 次回は、電線と看板の話(?)などを。
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