「windblue」 by MIDIBOX


このビルのことをすっかり忘れてしまっていた。京浜急行が止まる、競艇場のある少しくすんだ街にその巨大ビルはある。

 そのビルとはヤマト インターナショナル東京本社ビルである。同社は大阪が発祥地の中堅アパレルメーカーで東証1部上場企業。ワニのワンポイントマークで知られる「クロコダイル」が同社のメインブランドだ。

ヤマト インターナショナル東京本社

 なぜ、今回そのビルを思い出したかというと、こんなニュースが最近あったからだ。WWDJAPAN.COM(5月26日付)の記事を要約すれば:

―ヤマト インターナショナルはライセンス提携しているフランスのアウトドア・ブランド「AIGLE(エーグル)」との契約を前倒しで、契約満了前の2017年2月28日で終了。同社はすでに数年前から企業体質強化のために中期構造改革を進めていたが、今回契約を更新しなかったのを機に、不動産の有効利用を進め平和島の東京本社ビルのおよび大阪本社などの一部を賃貸物件に改めるー

 このビルが完成したのは1987年1月。平和島までその竣工パーティを取材に行ったのを昨日のことのように思い出すことができる。それほど衝撃的な建築だった。

 設計は原広司(はらひろし。現東京大学名誉教授。1939~)。原氏によれば、「建築の中の都市」「建築の中に集落を埋蔵する」という同氏の建築理論がこのビルにも表れているという。具体的にはギリシャのサントリーニ島とこのビルの共通点を同氏は挙げている。

サントリーニ島

 原氏はポストモダン様式を代表する建築家だが一番有名な建築物は京都駅だろう。2つのビルはよく似ている。シンプルにして機能的なモダニズムに反旗を翻すポストモダンが80年代に勢力を拡大したのは当然と言えば当然ではある。

 原氏の「集落建築理論」はともかく、素人の私にはこの平和島のビルは戦艦大和に見えてしかたない。「ヤマト インターナショナル東京本社ビルの基本コンセプトは戦艦大和」ではあまりにも単純すぎるから、みんな言及しないだけなのではないか。

 いずれにしても偉容、異様、魁偉、怪異という形容詞がどんどん出てくる。簡単に言って1980年代日本の気分そのものと言っていい。戦艦大和は太平洋戦争末期に巨艦主義理論をもとに建造された。

 1988年に公開された映画「マルサの女2」(故伊丹十三・監督)でこのビルは大活躍する。

マルサの女2

 まず主人公の鬼沢鉄平(故三国連太郎)が代表を務める宗教法人「天の道教団」の施設の一部としてこのビルの階段が登場。

 さらにもう一人の主人公である板倉亮子(伊丹監督夫人の宮本信子)が勤務する国税局とおぼしき外観にもこのビルが使われている。いかにこのビルが当時話題だったかがわかる。

 また「マルサ」自体も脱税が横行する時代にあって流行語になった。しかし1990年を境にバブル経済がはじけると、都心から遠いこともあるが、このビルも次第に人々の記憶から消えて行った。

 こう書いてくると、あのビルを見にもう一度京浜急行に揺られて平和島まで行ってみようかという気になる。歴史的建造物に指定されるのは難しいのだろうか。建築史的に80年代のポストモダン様式の代表例として、このビルには残って欲しいものである。とにかく一見の価値がある。 

                

(2016.7.12「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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