<soul-86> ろくでなし
時間をもてあましているのか、その割には熱心かつ念入りに音のチューニングと軽いリハーサルも兼ねて楽器を鳴らしていたニ階堂とバンドのメンバーも、微かに揺らめく気配でもあったのか・・・手を止めて明達の方を見やるほど、轟いた怒声は穏やかさを絵に描いた清宮が、初めて本気で見せた怒りだった。
「俺はそだ話はでーっきれーだ!!そだ不自然な話あっかあ!!
どこまでも、生きるも死ぬも自然なんだで!!
だがら一生懸命やんだべした!!」
ハンサムには不釣り合いな濁音の東北弁に、清宮の純心が何割増しかされている。
流石に茶化す者もなく場が深閑となると、若返ったツテが気遣って少年のままの十勢を手招いた。
「こっち来な。子供がそんなイキがるもんじゃないよ」
言われた十勢は、もう自分を制御しきれなくなっていた。
「僕だって大きくなりたかった!!大人になりたい!!」
踏ん張って叫ぶ悲痛な言葉に、誰もが眼を見張った。
明にも意識に無かった。
十勢は眼にいっぱいの涙を浮かべると、ずっと溜めこんで、清宮の再三の励ましにも気配りにも、決して最後の扉は開かなかった想いを、この時にこぼれてしまう気持ちと共に吐き出した。
まだ泣くのはバツが悪い様子で。
「お葬式で・・・僕のお葬式に・・・・
親戚のおじさんがお母さんから見えないとこで・・・
他の人に言ってたんだ。親不幸だって・・・
こんな小さいのに親より先に死ぬなんて・・・
『ろくでなし』だって・・・悔しくて・・・
僕が病院に居る間も、家でもどこでも・・・
ずっとずっと苦しかったのも辛いのも、全部無かったみたいに・・・・」
細く小さな体がわなわなと震える。
思い出して怒っている、のとは色が違う。絶望に似た表情が十勢を支配していた。
清宮は我慢ならんと地団太を踏むと
「もういいで!!もう本当のごど話せ!!かがえでんなで!!頼んから」
十勢は歯を食い縛ってからキッとなって、幽霊たち皆を睨んだ。
「いくら言ったって、聞いてなんてくれないでしょう?
子供の言うことなんて。みんな大人だもん!!」
「言うだけ言ってみなさい」
冷静な大人の声に誰が・・・と思う前に、
十勢は歪んだ顔面に流れる大粒の涙を、一生懸命腕で拭った。
「僕苦しめてたのかなあ?
お母さんとお父さんと
ちえみも、おばあちゃんも・・・
ずっと一緒に心配してくれたのに・・っぐ
長く生きすぎた・・・僕
僕が生きた分・・・病気になってた時間ずっと・・・・
皆のことっ」
最後の悲鳴に近い金切り声は小さく消えて行った。十分だった。十勢が、どんな闘病生活を強いられてきたのかが、はっきりと脳裏に投げかけられた。
こんな少年が、死を迎えるまでの日々を、
どれほど苦しみと恐怖、不安を伴うものであったのか・・・
ましてや一番に、この幼さでの家族との別離。耐えられなくとも無理はない。大人でさえ、その絶望に耐えうるのは困難だというのに・・・
そのか細い少年の肩を抱き寄せて、支えたのは誰でもなく青年の中で、残る男性の一人佐山だった。
先ほど掛けた冷静な声は、やんわりと優しさを含んだ甘くささやかなものに変っていた。
「怖かったんだよ。
みいんな怖かったんだ。
人の命なんてねえ・・・大人だろうが子供だろうがそう変わらないんだよ。
大事なものがあって、失うのが怖い。
十勢君を失うのが、周りのみいんな怖かったんだ。
だからそんな憎まれ口を効くのさ。
十勢君のせいだなんてつもりは、
そのおじさんもこれっぽっちも無かったと思うよ。
悲しすぎただけさ。
命なんて儚いもののように捉えがちだけど、そうじゃないんだ。
みんなしっかりある。私の場合はねえ・・・
仕事より大事なのは、生きてたって事実だ。
そのまんまの事実」
「・・・事実・・・」
民が呟いた。
その瞳からは涙が一筋流れていた。
十勢はしゃくりあげながら目を真っ赤にして、およそ幽霊らしからぬ生理的な抑揚が、一際大人には届かない背丈を際立たせた。
「僕は変われないのかなあ。
僕がいなくならないと
お母さん泣いてばかりなんだもん」
清宮は、佐山のおかげで頭が冷えたのか、やっと落ち着きを取り戻して、ズーズー弁で優しく低く問いただした。
「いい加減かぐすなで!!
本音あがしでみろ」
十勢は覚悟を決めたのか、泣くのを口をへの字に堪えながら、鼻をすすった。
「清宮さんに・・・本当のことが言えなかったのは・・・・
本当だったらどうしたらいいかわかんなかったから・・・
お母さんやお父さん、
おばあちゃんやちえみに、
みんなにいらない、親不孝な奴だって思われてたら
僕どうしたらいいの?」
「十勢よお
そだごど誰も思わねでー」
十勢の取り越し苦労に、清宮が嘆息を吐きながら安堵の声を漏らすと、佐山がしっかり引き継いだ。
「そんなことありえないさ。
みんな大事な人が悪いなんて、思えない。
想像すらできない程、十勢君を大切に十勢君の全部を信じているんだ。
変わらなくちゃって気負うより、多分君の一部はね
ちゃんとみんなと共にあり続けるよ。
成仏はするのに、ずっとそこかしこで一緒なんだ。
仕組みは良く分からないけど、君より沢山の人数、
大切な人達を見送った経験者が言うんだから、間違いない」
「なんとなくはわかってるよ・・・・・僕だって・・・
本当はみんな僕のことばっかり考えて・・・
ちゃんと思ってくれてるって・・・・
わかってるからここ来たんだもん。
でもちょっとでも大人に・・・皆と一緒になりたかったな・・」
福喜は腰に手を当てて、のけ反り気味に更にへの字の口を固く締める十勢を見据えると、若々しさを凌駕する高慢な態度とは対照的に、優しい力強い視線で言い切った。
「あたしも詳しいこた知らないが、こんな言葉は知ってるよ。万物流転」
「る?」
ひくひくとしゃくりあげながら、十勢がやっと一声、眉をしかめたまま福喜を見上げると、福喜はそのまま微笑んでみせた。
その笑顔は有無を言わせぬ、妙な魅力を持っていた。
【2016.10.29 Release】TO BE CONTINUED⇒