<soul-01> 新翔 明
何故、新翔 明(しんとび あける)がその日その時間その場所を通ったか。
通勤路でも無く、会社の飲み会帰りでも無い。そこは夜更けの倉庫街の前の歩道だった。
彼には今大きな問題があった。それはズバリ『金』。
サラリーマンをしていて借金をする人も稀ではないこのご時世で、何がそんなに問題なのか。
それ全て彼の錆び付いたプライドにある。
「バイトかあ…」
この緊急時にさえ乗り気では無かったが、明は仕事帰りに、自分に思いつく限りの職種のバイトに面接を申し入れた帰りだった。
慣れない道を、しかも夜遅く歩いたのはそのためだったが、しかしその一つとして申し入れを受け入れる、つまり面接をしてくれる所さえ無かった事で、明の態度が如何なものだったかが容易にわかる。
明は給料日を迎えてまだ3日目。財布の残金は千円余り。貯金はとうに食い潰している。明は急にしんみりした気持ちに襲われた。
金の問題も大いにあるが、しかし今この瞬間はそれも吹っ飛んでいた。一人の女性を思い出していたのだ。出会いと言う出会いでは無かったかも知れない。
明は仕事で使った、その街で一番の高級クラブで、ある女性を見染めた。彼女に会いたいがために身の丈以上の金をここ何か月かで使いまくった。
熱に溺れた熱帯魚の様に、それは鮮やかだが明の生きる術では無い世界だった。後悔は無い。
しかし、彼女の気持ちが自分を見ていない事に気付くのと金が底をついたのが同時と言うのが、皮肉な話ではあった。
消費者金融には身近で苦しい経験をした者が多過ぎて、抵抗がある。
金を貸してくれる友人も居るのだが、誰かに一か月分もの金を借りると言う事が、明には何よりも恥ずかしい事の様に思えた。
細々と思いを巡らしそうになったので、明は頭を振ると、その若いスーツ姿に似合う颯爽とした歩き方で家路を急いだ。
そんな時だった。
今の今まで気付かなかったが、明の前方にうなだれてブツブツ言っている皮ジャンを着た若い格好の中年男性が歩いて来るのを認めたのは。
「おばあちゃん………もういい加減にして下さい………」
男性は半泣きでそう漏らすと歩いて行く。明など眼中に無い様子で…。
少し距離があったが、すれ違う男性に明は突き放した感情で、心の中で呟いた。
「…あっぶなそうなおっちゃん……」
しかし実はこの時、人事では無く、既に明自身が目を付けられていようとは、誰に想像できただろうか。
その場を去って行く明の後ろ姿を見送る、背筋がシャンとした老女の後ろ姿が、暗がりの街灯の端の灯りにぼんやりと浮かんでいた。
【2008.4.9 Release】TO BE CONTINUED⇒