岸波通信その97「夢幻の地」

<Prev | Next>
Present by 葉羽
「夢幻の地」 by 新条ゆきの
 

岸波通信その97
「夢幻の地」

1 南の島から

2 ジャカルタとバリ

3 事件発生!

4 夢幻の地

NAVIGATIONへ

 

  Field of Dreams 【2018.3.24改稿】(当初配信:2004.2.7)

彼らはいたずらな戦闘で市民を巻き込むことをいさぎよしとせず、自分たちの貴族としての誇りを守るために、荘厳な儀式の中に滅んでいったのだ。」
   ・・・ププタン行進

 僕が“夢幻の地”インドネシアに行ったのは8年ほど前。

 空港の路線対策などを担当していたご縁で、旧運輸省から招かれ、ジョグジャカルタのボロブドゥール寺院修復プロジェクトやバリのマングローブ育成プロジェクトなど視察したもの。

西バリの朝

 そんなインドネシアに、今、僕たちの同僚の一人が派遣されています。

 彼女の名前はノダちゃん…僕の好きな歌「月のしずく」を一緒に歌ったら思いのほか上手だったので、以後、敬意を表して、映画の中でカリスマ歌手を演じたkouさんの名をハンドル・ネームとして献上しました。

 彼女の派遣先は国際協力機構(JICA)のジャカルタ事務所で、日本から派遣される青年海外協力隊員などの活動を影から支えるボランティア調整員。

 2004年の8月から現地に赴き、ようやくインドネシアの状況も分かってきたところ…そんなkouさんから、うれしい便りがとどきました。

 ということで、今回の通信は、kouさんからのお便りを中心に、インドネシアについてご紹介します。

line

 

1 南の島から

kou

 みなさん、おしさしぶりです。kouです。

 インドネシアに来てもうすぐ4ヶ月になりますが、季節のないこの国では月日の経つ感覚が鈍くなってしまいがち。

 近況というほどの出来事も無いなぁと思っていましたが、こうして作ってみるとけっこういろんなことがあったではないかと、自分でも改めてびっくりしています。

 治安上おおっぴらにカメラを持ち歩けないという理由もありまして、あまり写真を撮る機会がないのです。

 ほう、元気でやっているようじゃないか。

 ちなみに、ここで話が出ている「こうして作ってみると」というのは、kouさん自身による映像・画像による現地レポートのこと。

 この現地レポートの一部は、別途、Archiveに「Kou in Indnesia」というギャラリーを設置したので、この通信の文末からのリンクでもジャンプできる。

 さて、kouさんのいるインドネシアは、面積が約190万平方キロメートルと日本の約5倍、大小1万7千余りの島に400以上の民族、約2億600万人が生活している。

インドネシア

 氷河期には、このインドネシアの海は干上がって島々が一つに連なり、「スンダ大陸」と呼ばれる大きな陸地を形成していたという。

 そして、今から100万年ほど前に、中部ジャワ島に旧石器文明を栄えさせたジャワ原人(ピテカントロプス・エレクトゥス)が存在していたのは有名な話。

 時代が下って、紀元後一世紀頃にはインド商人が多数訪れ、彼らによってもたらされたサンスクリット語とヒンドゥー教の影響下、インド型の初期国家が誕生したのだ。

 8世紀後半、中部ジャワに出現したシャイレーンドラ王朝は、強大な軍事力で周辺国家を併合し、有名な大乗仏教遺跡ボロブドゥールを建設した。

ボロブドゥール遺跡

 このボロブドゥール遺跡は、長い年月を経るうちに崩落・破損した箇所も多かったが、日本のODAなどにより大規模改修が施され、往時の姿を取り戻している。

 僕が8年ほど前に、視察させていただいたのもこの遺跡で、近郊のジョグジャカルタから早朝に出発し、森を抜けて突如目の前に現れた威容と、その遺跡から朝日が昇る様を見て感動したのが昨日のようだ。

 なお、最上段まで長い回廊を上っていけるのだが、回廊の壁面にはラーマーヤナ仏教神話の絵物語が丁寧に彫りこまれている。

line

 

2 ジャカルタとバリ

kou

 インドネシアに赴任後、約一ヶ月で今のアパートに引っ越しました。私の部屋は5階にあります。

 この写真は部屋のベランダから撮影。

 前方に見えるビル群のある通りまで徒歩10分くらい。でも、排気ガスがひどくて歩いていくのは無理。

  ジャカルタの街並み

 首都ジャカルタの空気の悪さはツトに有名。

 でも、そんなノドが痛くなるような街中にもナシ・ゴレン(Nasi Goreng:インドネシア風チャーハン)やミー・ゴレン(Mie Goreng:インドネシア風焼きそば)、サテ(Sate:串焼き)などの屋台が軒を連ねる。

 僕が行く直前には、JALのスチュワーデスが、それらを食べて食中毒で亡くなった事件もあり、さすがにビビリながら食べたものだが、この三つは結構イケる。たしか、サテはピーナツクリームのようなものを付けて食べたと思うが。

 今は、インドネシアでも鳥インフルエンザの発生で大変なようだが、kouの食生活はだいじょうぶなのだろうか?

kou

 部屋の間取りはリビングとベッドルームが2つ。すでに隊員が3名宿泊済み。

 隊員のドミトリーと私の家が事務所を挟んで正反対なので、隊員を連れて出張する時は前日から家に泊めてしまうほうが楽なのです。

 隊員を連れてどこへ出張するのかというと、この写真は、隊員の配属先訪問のため、片道4時間かけて国立公園まで行ったときのもの。当然、日帰り。

  悪路のバス移動

 インドネシアは、イスラム教徒が9割弱、キリスト教徒が約1割、残り数パーセントがバリ島やジョグジャカルタを中心とするヒンドゥー教徒の多宗教国家。

 ジョグジャカルタでは、イスラムの断食月(ラマダン)の時期にヒンドゥー教の飲めや歌えやの祭礼があり、毎年、両者が険悪な雰囲気になると聞いた。

 そのジョグジャの旧王宮に行って見ると、その建築様式には何と、イスラムと仏教とヒンドゥーの様式が混交していた。

 これは、宗教間の融和を図るために、あえてそういう手法をとったとのこと・・・なるほどと納得させられたものである。

kou

 バリも行きました。デンパサールからこれまた車で片道4時間。

 通称偽バリといわれえている西バリ国立公園です。

 隊員がやっている日本語教室を見学に行ったところ、特別講師として2時間の授業までやらされる展開となってしまいました。

 ここでインドネシアに来た女性隊員がみな言われるという「おしんに似てる」を私も初めて言われました。

 プライベートの旅行は11月1日~2日の一泊二日でガルットという温泉町に行ってきました。

 調整員のTさんと短期専門家のSさん、シニア隊員のHさん、協力隊員のMさんと私の5人です。

 ちなみにTさんは私と担当業務についてお互いに正副の関係なのですが、大変お世話になっています。

 しかし、1月末に彼女は任期を終えて日本へ帰ってしまうのです。Tさんがいなくなったらどうしたらいいの~というのが私の目下、一番心配なこと。

  バリ島にて

 バリ島には年間、約140万人の外国人(うち日本人35万人)と約100万人の国内からの観光客が訪れる。

 観光産業にはバリ島の労働人口の4割が従事し、観光収益はバリ州の産業収益全体の8割を占めている。

 そういう地域であるから、一昨年暮れのバリ島テロや米国邦人の退避勧告などの影響は計り知れず、地域経済が大きく落ち込んでいる。

 その後のSARS騒ぎや鳥インフルエンザの影響で世界的な海外旅行の自粛が行われている中で、当分、厳しい状況は続くのだろう。

 このバリ島の有数の観光地にキンタマーニがある。

←(人前では言わないように…。)

 高原に向かってだいぶ登ったところで視界が開け、名峰バトゥール山とキンタマーニ湖(バトゥール湖ともいう。)が突然姿を現す。

 1500メートルの高地にあるので、辺りは結構涼しく勇壮な眺望が眼下に広がる。

 まさに“絶景”である。

バトゥール山とキンタマーニ湖


line

 

3 事件発生!

kou

 インドネシアでの生活が当たり前となりつつあったそんなある日、事件は起こりました。

 渋滞中、どこからともなく現れたわかもの7~8人が私の車のサイドミラーをはずして持ち去ったのです。しかも両方とも!

 その間わずか30秒ほど。目的は転売してお金を得るため。

  ミラーの悲惨な姿

 きっとあと数キロ走れば、何食わぬ顔で私の車から盗っていったミラーを道端で売っている彼らを発見できたでしょう。

 しか~し、こんなことくらい初めから覚悟しておかなければならないのが、ここインドネシア。

 ちゃんと保険で直してもらえました。

 費用は保険手続きの手数料10万ルピア(約1400円)と、被害証明を取る際にPOLISIにせびられた賄賂5000ルピア(約70円)。

 あらららら・・・泥棒と賄賂の国。

 でも、70円の賄賂でオッケーなら、まあしょうがないか。

kou

 ビールは普通にどこにでも売っています。ビンタン・ビール一本約6500ルピア(約100円)。

 断食期間中、ある日本食レストランに入ってビールを頼んだら、「断食中なので~」といいながら(グラスでなく)湯のみに入ったビールが運ばれてきた。

 外側から見えなければいいということらしい。

  ビンタン・ビール

 ジャカルタでは、レストランに限らず、スーパーでも日本の食材はほぼ何でも手に入ります。

 私個人としては、せっかくのインドネシアライフなので、インドネシア飯を極めたいところなのですが、隊員にしてみると、せっかく状況したときくらい日本食が食べた~い」と言われれば白玉粉も購入。

  白玉粉とコシヒカリ

 学生時代を含め一人暮らしの時期は10年ほどありましたが、こんなに料理したことない。

 ちなみに、お手伝いさんは雇っていません。部屋の掃除は週二回アパートメントのスタッフがやってくれます。

 インドネシアは、多宗教、多民族の国家であり、国内には様々な言語が存在する。

 インドネシアは近代になって統一国家となったが、その時に問題となったのが共通語をどう定めるかということだった。

 これはkouさんの前任者であるHさんから聞いた話であるが、政府は共通語を定めるに当たって、敢えて少数民族の言語を共通語にしたそうである。

 何故か?

 もちろん、民族融和のためである。さらに文字についても、簡易なアルファベットの26文字を用いることにしたのである。

 そしてその言語には、性別による語尾変化や複雑な時制もない。

 「食べる」と「昨日」を言えば、「昨日、食べた」ということを伝えるのに十分だからである。

 ・・・この民族融和の智恵と英断には感心させられたものである。

kou

 と、こんな感じで、なんとかやってます。

 仕事内容はトラブル処理と隊員のガス抜きの受け止め役といったところが大きいので、あんまり具体的にあれこれとはお話できませんが。

 まだまだ分からないことも多くて、資料を探しているだけで一日が終わってしまうこともありますが、少なくとも最初の一年間はこんな状態が続くでしょう。

 Tさんがいる間にいろいろ聞いておかなければ!

 今回年末年始の休暇が長いので、私費帰国しようと思っています。では・・・。

 kouさん、あと一年半頑張って、フィアンセでも連れて帰って来いよー!

巨象も手なずける!


line

 

4 夢幻の地

 最後に、感動的な話を一つ。

 バリ島の州都デンパサールには「ププタン広場」と呼ばれる場所がある。かつてここにバドゥン王国が存在していた時代に王宮前広場だった場所である。

 1906年の9月、オランダがバリ島全土を征服せんと、強大な軍事力をもってこの王宮を包囲した。既に、周囲の地域は攻略され、ここがバリ島住民にとっての最後の砦となったのである。

 オランダ軍の圧倒的な武力の前にはもはや勝ち目は無く、落城は時間の問題と思われた。

 そして9月の20日、オランダ軍は信じられないものを目にする。

 王城から、最上の礼服で着飾った一団が姿を現し、ガムラン音楽の演奏に合わせて悠々と行進を始めたのだ。

バリ島の民族舞踏

 先頭は輿に乗って黄金の傘を差しかけられた国王、次いで貴族や女性、子供たちが続き、そこに敵など存在しないかのようにオランダ軍の構える銃口に向かって歩んで来る。

 やがて恐怖に駆られたオランダ兵が発砲を始めた。

 王族はばたばたと倒れ、撃っても撃っても、屍を踏み越えて彼らは進んでくる。女たちも子供たちも、少しも怯まず、最後まで威厳を持ったまま撃たれていく。

 行列に加わった僧侶たちは、撃たれても死にきれない者に短剣で留めを刺してやり、その僧侶が撃たれると、別の者が僧侶の代わりとなった。

 これがププタンと呼ばれた「死への厳粛な行進」だ。

 ププタンに加われない不自由な老人や病人は、既に城中で自害して果てていた。その殺戮の犠牲者は4000人に上るという。

 それは、玉砕でもなければ戦闘行為でさえない。

 ただ、彼らはいたずらな戦闘で市民を巻き込むことをいさぎよしとせず、自分たちの貴族としての誇りを守るために、荘厳な儀式の中に滅んでいったのだ。

 事実、オランダ軍は、他の地域で投降した貴族たちに対しては、屈辱を与えつつ人間としての尊厳を奪い、最後には容赦なく殺戮して来た。

美しい衣装をまとった女たちは、金銀宝石をオランダ兵にぶつけながら、口々に叫んだという。

「私たちを殺すほど欲しがっていた金だよ、さあ、くれてやる!」

「これが私たちを殺してくれたお駄賃だ、とっとと持って行くがいい!」

 まさに誇り高きは、バリの女性たちだ。

ププタン広場の慰霊碑

 殺戮が終わると、王宮前広場には華麗な装束に身を包んだ死体が累々と横たわっていた。

 一方的な虐殺で勝利したはずのオランダ兵士たちの目には、むしろ恐怖の色がありありと浮かんでいたという。

 この「ププタン行進」の事件を機に、オランダ軍は統治方針を改め、その後のバリ島統治に当たっては温情を持って臨むことになったのである。

 かくして、バリの誇りは守られることとなり、“夢幻の地”は昔の栄華をさながらに、伝統と文化を今に伝えている。

 人類最後の“夢幻の地”、バリ人の誇り高き精神に栄光あれ。

 

///end of the “その97「夢幻の地」” ///

 

《追伸》

 インドネシアには、僕自身の様々な思い出がありまして、まだまだ伝え切れません。

 特に、大きな感銘を受けたボロブドゥール野外劇場での「ラーマーヤナ公演」やバリの情熱的なケチャック・ダンスのことなどは、いずれ機会があればお伝えしたいと思います。

 ともあれ、kouさん、たくましいですね。

 気丈に見えて、実はとても女性らしい部分も持っている彼女のこと、一年半後には、きっと大任を果たして元気な姿を見せてくれることでしょう。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

マカッサルの夕闇

←世界三大夕日の一つ。

管理人「葉羽」宛のメールは habane8@ybb.ne.jp まで! 
Give the author your feedback, your comments + thoughts are always greatly appreciated.

To be continued⇒“98”coming soon!

HOMENAVIGATION岸波通信(TOP)INDEX

【岸波通信その97「夢幻の地」】2018.3.24改稿

 

PAGE TOP


岸波通信バナー  Copyright(C) Habane. All Rights Reserved.