岸波通信その144「年金はどこへ行った」

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岸波通信その144
「年金はどこへ行った」

1 100年安心プラン

2 年金未納問題

3 給付と負担の世代間格差

3 世代間扶養の謎

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  Where have all the pension gone 【2017.12.11改稿】(当初配信:2007.7.31)

「リスクを恐れ動かないなんていうのは、年金と預金がたよりの老人のすることだぜ。」
  ・・・「カイジ」より

 今回の参院選では“年金記録問題”が大きな焦点となりました。

 7月21日の朝日新聞によれば、既に1958年度の行政監察において年金記録管理のずさんさが指摘されていたにも関らず、その後50年以上にわたって放置されてきたことが報じられています。

 これだけの長い間、問題が先送りされてきたとあっては、もう何をか言わんやです。

 しかし、年金の問題は本当にそれだけなのでしょうか。

 もっと大きな問題が忘れ去られてはいませんか…?

社会保険庁

 これまでの年金改革の歴史は、年金保険料の増額と給付額の削減、支給開始年齢の繰り延べの歴史でした。

 2004年に「年金改革法」が成立し、政府・与党が“100年安心プラン”と自負したのもまさにそういう内容でした。

 もし本当に、国民が今後100年間、安心できる内容だとするならばヨシとしましょう。

 でも…本当に?

 ということで、今回の通信は「年金記録問題」ではなく、もっと大事な問題について考えたいと思います。

 

1 100年安心プラン

 野口悠紀雄氏による本年4月7日付けのWeb評論「超・整理日記」に、以下の記事があります。

『楽観的な見通しで年金改革が遅れる危険』

~野口悠紀雄Online「超・整理日記」より抜粋~

野口悠紀雄氏 (野口悠紀雄氏)

 ・・・(前略)・・・

 厚生労働省は、新しい将来推計人口に基づく厚生年金の給付水準見通しを、今年の2月に示した。

 「基本ケース」では、将来の年金額の現役世代の収入に対する比率は、51.6%になるとされている。

 しかし、この試算の前提には大きな疑問がある。

 特に問題なのは、賃金上昇率を2.5%、積立金の運用利回りを4.1%としている点だ。

 4.1%という高い(しかも賃金上昇率を大幅に上回る)利回りを長期的に継続できる可能性はきわめて低い。

 これは、政府が公約する「所得代替率50%」という結論を導くための非現実的想定としか考えようがない。

 したがって、51.6%という見通しは超楽観的なものであり、それが実現する可能性は低い。

 保険料の引き上げや給付水準の切り下げ(支給開始年齢の引き上げも含む)を、将来再び行なわざるをえなくなる可能性は、きわめて高い。

 ・・・(以下省略)・・・

 「100年安心プラン」の欠陥を鋭く指摘する内容ですが、たしかに「賃金上昇率2.5%」というのは、過去10年にも渡って給料のマイナス改定が繰り返されている地方中小企業の社員や地方公務員の現実を振り返れば、到底納得できるものではありません。

 また、運用利回りを4.1%としていることなど野口氏が問題視している年金財政の問題については、安倍総理が本年の通常国会終了を受けて、以下の談話を発表しているのですが…。

『安倍内閣総理大臣記者会見』

~2007年7月5日 第166回通常国会終了を受けて~

安倍内閣総理大臣 (安倍内閣総理大臣)

 ・・・(前略)・・・

 この社会保険庁を見ておりますと、年金の加入率が上がらなかったのも無理はないと思います。

 国鉄がJRになってサービスが一変したように、日本年金機構になって民間の活力と知恵を導入していけば、間違いなく年金の加入率は上がっていきます。

 そして、年金財政も改善、安定化していくことになります。そうなれば、それは年金の給付にもつながっていくことでございます。

 年金財政を安定化させるためには、同時に少子化対策、そして、経済の成長も不可欠であります。

 景気が回復したこの数年間、平成15年、16年、17年、この3年間だけで年金の財政は当初の予測よりも12兆円改善をいたしました。

 私の内閣が成立をして、この9か月間の間だけでも、年金財政はまさに運用によって4兆円プラスになっているわけであります。

 ・・・(以下省略)・・・

 うーむ…本当に大丈夫なのでしょうか?

 調べてみると、安倍総理が強調している年金運用改善の実績と言うのは、今回の景気回復局面における短期的な話でした。

 そもそも、国民年金法が施行された1986年度以降2002年度までの17年間を見ると、年金資金運用基金(旧・年金福祉事業団)による運用の結果は、悪名高いグリーンピア事業の失敗などによって、収益どころか6兆717億円もの累積赤字を生み出しているのです。

←(この17年間で、運用益を年金特別会計に繰り入れた実績は1002年度の133億円のみです。)

全国のグリーンピア

 たまたま景気回復局面にあった3年間だけを捉え、向こう100年を論じるのはいかがなものでしょう?

 野口悠紀雄氏の論説の方が、はるかに説得力があります。

 しかも!

 2004年年金改革法の制度設計には、もう一つ大きな前提条件があるのです。

 それは、合計特殊出生率が“増加”しなければ達成できないということです。

 年金改革法では、合計特殊出生率が1.32であった2002年度を基準年とし、2003年も同水準の1.32、そして2007年に1.306で下げ止まり、2032年以降は1.39近くまで回復すると見込んで設計されています。

 確かに、年金原資を負担する若者層が増えて行くならば、年金財政は好転することでしょう。

 でも実際には、翌2003年の合計特殊出生率は過去最低の1.29まで低下し、超・楽観的な見通しは僅か一年でほころんでいるのです。

 

2 年金未納問題

 日本の年金制度には、さらに大きな問題があります。

 それは、強制加入の“国民皆年金”を前提にしているにもかかわらず、いわゆる“1階部分”国民年金(基礎年金)の保険料納付率が非常に低いことです。

 その背景には、近年、就業形態の多様化による不安定就労者、フリーター、ニートなど年金納付意識の低い層が増加してきたことがあります。

道路に寝る不安定就労者

 近年の年金納付率を見ますと、1992年の85.7%をピークとして年々低下し、2002年度では62.8%と国民の4割近くが保険料を納付していないという異常事態となりました。

 この事態を受けて、翌2003年、厚生労働省は国民年金特別対策本部を設置し、女優の江角マキコを起用した収納促進キャンペーンを展開しましたが、当の江角自身が年金未加入・未納だったのはご承知のとおりです。

 さて、2002年度以降の近年の年金納付率を見てみましょう。

近年の年金保険料納付率 (出典:Wikipedia 「年金未納問題」)

 ◆ 2002年(平成14年)度   62.8%

 ◆ 2003年(平成15年)度   63.4%

 ◆ 2004年(平成16年)度   63.6%

 ◆ 2005年(平成17年)度   67.1%

 2003年度以降、納付率はやや改善傾向にありますが、それでも国民の3人に一人が未納という状態です。

 また、納付率が改善したのは、収納率が上がったことが主要因ではありません。

 これは、社会保険庁による“分母対策”という政策が効を奏したもので、分子となる収納者数を増やしたのではなく、未納者に免除を適用して分母を小さくした結果なのです。

 しかも、その過程で、国民年金の不正免除を行っていた事実も発覚しています。

←「国民年金不正免除問題」・・・本人から申請がないにも関らず、全国の社会保険事務所で保険料の免除承認申請に関する手続き(国民年金法等に違反する行為)を行っていた事実が2006年に発覚。

 年金を負担すべき国民の3人に一人が未納なのに、“100年安心”というロジックが本当に成立するのでしょうか?

 

3 給付と負担の世代間格差

 これまでの年金改革の歴史は、年金保険料の増額と給付額の削減の歴史である事を冒頭で述べましたが、そこには、「先に生まれた者が果実を食い逃げする構造」が隠されています。

 そもそも年金給付額の減額というのは、これから年金を裁定される者にだけ適用され、既に年金が支給されている年代層には適用されないのです。

 また、年金保険料の増額にしても、現在あるいはこれから負担する者にだけ適用されるのは言うまでもありません。

 こうした制度設計から、年金の給付と負担については大きな世代間格差が存在します。

 さらに、不透明な財源見通しの問題もあります。

 現在、年金を受給している層ならば、その存命中は積立金を取り崩すことでなんとか満額の年金を受給できるでしょう。

 しかし、保険料を負担している若者たちは、本当に次の世代から年金を受け取る事ができるのでしょうか。

 昨年3月の東京新聞に、東京学芸大学鈴木助教授の「社会保障制度の給付と負担の世代間格差」という考察が掲載されていました。

社会保障制度の給付と
負担の世代間格差

(資料:東京新聞)

 この資料は、年金ばかりでなく介護や医療費も含めた社会保障制度全体の比較データです。

 うち「年金」部分を見ると、昭和55年生まれの世代では、年金受給額が払込額を下回る逆転現象を起こしているのが分ります。

 さらにそれ以降の世代では、負担と給付の逆ザヤがより大きなものになっています。

 つまり、負担した額さえ手元に帰って来ないという分析データなのです。

 こうした制度設計なら、若者を中心として3人に一人の国民が年金を納めないのは当然のことです。

 将来回収見込みの無い保険料を国に収めるより、タンス預金でもして自己防衛するほうがずっと賢いのですから。

 

4 世代間扶養の謎

 そもそも、どうしてこのような無茶な制度が運用されているのでしょうか?

 「高齢者の生活を若者が支える」という“世代間扶養の理念”があるように思えます。

 しかし、“誰もが少ない掛け金で何倍もの果実を得る”という仕組みが成立するためには、資金運用が奇跡的に成功するか人口が右肩上がりで増えていかねばなりません。

 そんなことが、現実に期待できるのでしょうか。

 資金負担者が無限に増えて行くという“虚構”を前提にした仕組みで、似たようなものがないでしょうか?

 そうです…ネズミ講です。

 「公的年金制度」は「国家が経営するネズミ講」といったら言い過ぎでしょうか?

 ところが、この“世代間扶養”という考え方そのものが、実は後付けの理由だったのです。

年金制度はネズミ講?

 日本の年金制度は、1961年4月からの「国民年金」に先立ち、第二次世界大戦下の1942年に最初の厚生年金である「労働者年金保険」が開始されました。

 このような時期に制度が創設されたのは、戦争に行き詰まり、手っ取り早い戦費調達手段として導入されたという見方もあります。

 ともあれ、その厚生年金制度は戦後も維持されて、全国民強制加入の国民年金制度へと拡充(別制度)されるのですが、ここで大きな問題が持ち上がります。

 戦後日本の高度成長や二度にわたるオイルショック・狂乱物価のためにインフレが進行し、積立原資の価値が大きく目減りしてしまったのです。

狂乱物価によるトイレットペーパーの買占め

(第一次オイルショック時)

 年金制度のそもそもの起源は、1889年にドイツのビスマルクが労働者を対象として実施した社会保険制度で、拠出も給付も所得に比例して行う自己資金積立型で、日本でも同様な考え方にのっとったものでした。

 ところが予期せぬインフレのために、積立原資だけでは「年金受給前の生活水準の保証」をまかなうことができなくなり、後世代の積立金も充て込む世代間扶養型にならざるを得なかったのです。

 こんな、現実には考えにくい右肩上がりの人口増加を前提にした制度では、どこかで破綻がやってくる筈です。

 いいえ、その前提は、野党の反対を押し切って年金改革法案を強行採決し、“100年安心”と胸を張った、その最初の一年で既に破綻しているのです。

 では、この年金問題に抜本的な解決法は無いのでしょうか?

 冒頭に紹介した野口悠紀雄氏の「超・整理日記」で、一つの提案がなされています。

『楽観的な見通しで年金改革が遅れる危険』

~野口悠紀雄Online「超・整理日記」)より抜粋~

 最も望ましい方策は、現在の制度はいったん清算して、「やり直す」ことである。

 清算するためには、受給者に対しては、将来の受給額の現在値を一時払いする。

 受給年齢に達していない人には、これまで支払った保険料の現在値を返却する。

 こうした支払いを、積立金を用いて行なう。

 再出発する年金制度は、基礎年金相当分だけにしてもよいし、民間の保険に依存することとしてもよい(年金については「民営化」が可能である。現在の日本で民営化の必要性が最も高いのは、年金制度である)。

 問題は、こうした清算が可能かどうかだ。

 この連載でもすでに述べたことがあるが、このような清算は、じつはできないのである。

 現在の積立金残高では、清算には不足するのだ。不足額を一定の仮定の下で計算すると、800兆円という巨額なものになる。

 これは、現在の国の長期債務残高をはるかに上回る。

 このように、公的年金は、「やめられないから続けざるをえない」という恐ろしい状態にすでに陥っているのだ。

 現在の年金積立金の残高は100兆円そこそこ…それに対し債務超過が800兆円の公的年金制度。

 まさに「カラ手形」ではありませんか。

 もはや「年金記録問題」に目を奪われている場合ではありません。

 世代間扶養という虚構の「食い逃げ構造」を正し、超・楽観的な運用見通しや収納率向上、非現実的な人口増加などに依存するのでなく、地に足の着いた年金財政を樹立しなければ、若者たちの年金はどこかへ行ってしまうでしょう。

 

/// end of the “その144 「年金はどこへ行った」” ///

 

《追伸》

 社会保険庁の試算資料などを見ますと、確かに財源見通しと給付予定額の帳尻は合っていて、素人目に問題を発見するのは容易ではありません。

 しかし、専門家たちの分析によれば、ここで述べたような脆弱な基盤に立った制度であるようです。

 もしかして、若者たちに年金未納が多いのは、年金制度が信頼できないという直感を持っていたのかもしれません。

 とどのつまり、年金制度の抜本的な出直しが不可能だとすれば、さらに国庫補助金(税)を投入するしかないと思います。

 仮にそのような事態に陥った場合、“100年安心”と国民を欺いた政府・与党の責任はどうなるのでしょうか?

 消費税率のアップという国民負担増で帳尻を合わせようとするのでしょうか。

 “100年安心”が真実であり、ここで指摘した事が杞憂であることを祈るばかりです…。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

社保庁改革法案の強行採決

(衆院厚生労働委員会)

←国民は参院選挙でNOを。

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To be continued⇒“145”coming soon!

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【岸波通信その144「年金はどこへ行った」】2017.12.11改稿

 

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