岸波通信その137「シングル・ピラミッドの檻」

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Present by 葉羽
「Please Don't Go」 by Blue Piano Man
 

岸波通信その137
「シングル・ピラミッドの檻」

1 職業定着率の7・5・3

2 普商工農

3 シングル・ピラミッドの檻

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  Cage of Single Pyramid 【2017.12.31改稿】(当初配信:2006.11.24)

 「明るく輝くような人生を。午前8時の太陽……上昇志向」

・・・橋本先輩の人生ノート

 これは、ご存知“橋本先輩の人生ノート”からの抜粋。

 先輩自身の言葉なのか、はたまた人生の船旅の途中で出会った言葉なのか判りませんが、この言葉に触れ、自分も常々かく在りたいと願っています。

 しかし・・・

 現代の日本の若者が就職するに当たり、こうした清清しい気持ちでスタートを切っている者がどれだけいるでしょうか?

就職ガイダンス

 今の若者は、就職してもすぐに辞めてしまう者が後を絶ちません。

 思ったような仕事ではなかった・・・? 職業観の欠如・・・?

 いいえ、その真の原因は日本の教育制度~あるいはそのもとで育まれて来た職業観にあるのではないかと考えます。

 ということで、今回の通信は2回連続のシリーズで、日本とドイツの教育制度と職業観を対比しながら、誰もが職業に誇りを持って生きられる社会について考えます。

 

1 職業定着率の7・5・3

 “職業定着率の7・5・3”という言葉があります。

 就職をした大学生が、3年後に同じ職に就いている割合は7割なのだそうです。

 そして高卒では5割、中卒の子供たちに至っては3割しか定着せず、残りは離職してしまうのです。

 古きよき「終身雇用」の時代を知っている僕から見れば、まさに隔世の感があります。

 どうしてこんなに簡単に会社を辞めてしまうのか?

 ミスマッチ? 自分探し?

 自分に納得が行く職業を捜し求めることは、決して悪い事ではないでしょう。

 けれど、簡単に会社を辞めてしまった若者の何割かは「フリーター」への道を歩み、その数いまや417万人。

 90年代中頃から増え始め、今や労働人口の5人に一人がフリーターです。

ハローワーク

 問題は彼らの収入ではないでしょうか。

 フリーターの生涯賃金は正社員の四分の一と言われ、一生の間に2億円もの賃金格差が生じます。

 辞めずに正社員にとどまっているアナタ・・・そう、そこのアナタ。

 アナタは既に、2億円の宝くじを当ててしまったのと同じなのですよ。

年代別賃金格差

年代別賃金格差

←棒は格差の度合いを表す。
下のほぼ横一線の折れ線が
パートタイム労働者の年間収入。

 ならば、どうして職業についての予備知識が乏しいのか?

 理由はズバリ、「自分の職業を決める時期が遅すぎるから」に他なりません。

 それは、ある意味当然の結果なのです。

 なぜなら、そうなってしまう大きな原因は、日本の教育制度そのものに潜んでいるからです・・。

 

2 普商工農

 最近、“普商工農”という言葉を聞きました。

 “士農工商”なら江戸時代の身分制度ですが、この意味はお分かりでしょうか?

 実はコレ、わが国の高校生の学力の順番なのです。

 どうしてこのような学力格差が歴然とついてしまうのか?

 いいえ、話は逆なのです。

 それは、中学校から高校へ進学する際に、学力に応じて進路が決定されてしまうからです。

 そしてそのことは、高校から先の進路についても同様です。

就職情報

就職情報

 僕が就職してから10年目の頃、学生時代の友人と再会して交わした“笑えない笑い話”があります。

 「おい、学校の先生ってセクハラとか酔っ払い運転とか問題ばかり起こしているなぁ?」

 「何言ってるんだ、岸波。そんなの当たり前じゃないか。」

 「ん? 何故?」

 「だって、教育学部に行ったのは一番デキの悪いやつらだぞ。」

 「・・・・・・!」

 あくまでも笑い話なので気を悪くしないで欲しいのですが、たしかに中学校時代の同級生のその後を見ると、一番優秀だったグループはこぞって医学部へ進みました。

 これが文系ならば法学部、その次のグループは経済学部、「そこまではちょっと難しいかな」と考えたグループは文学部や教育学部へ進んだのです。

 今はどうか分りませんが、当時はこうした学部ごとの偏差値の序列が歴然としていて、「進みたい学部」ではなく「入れる学部」を選んで進路を決定していました。

赤門

赤門

 学力のランクに応じて学部・学科が決まり、その先で学部・学科に関連する仕事を選ぶのですから、職業決定の時期が遅れるのは当然です。

 しかもそれは、「最初から望んだ職業」ではなく「結果的に就職可能な職業」~さらに言えば「学力でふるい分けられた職業」なのですから、“合わないと判れば簡単に辞めてしまう”ほどに執着がないわけです。

 「執着しない」だけならまだしも、そこにはもっと大きな問題があります。

 それは、自分の職業に“誇り”を持てなくなることです。

 

3 シングル・ピラミッドの檻

 「美しい国、日本」の伝統的な価値観に“職業に貴賎はない”という考え方があります。

 しかし日本の子供たちは、小学校(あるいはそれ以前)から、誰もがたった一つのピラミッドの頂上を目指して競争を強いられています。

 そして競争から落ちこぼれるたびに自分の進路目標を下げていき、到達した高さに応じて職業を選択します。

 このようにして選んだ職業に「誇り」を感じることは難しいでしょう。

 自分では気付かずに、職業というものに対して“貴賎”の意識を持ってしまう可能性さえあります。

 ドイツに、モノづくりを中心としたマイスター制度というシステムがあります。

 中世の徒弟制度に起源をもち、1953年に職能制度として法制化されたシステムですが、建設から電気・金属、木材加工、食品、健康・保健など94の業種ごとに「マイスター(名人)」の資格が定められ、この資格を取らなければ開業することはできません。

 (※EU統合後、ドイツ手工業法が改正され、対象業種数は変更された。)

 ドイツにおけるマイスターの社会的地位は非常に高いのです。

マイスターによるピアノ製作

マイスターによるピアノ製作

 しかし、この基礎学校は、日本のように“社会生活に必要な基礎科目を幅広く履修する場”ではなく、“将来の職業的適性を見極める場”です。

 子供たちは本来、絵が上手な子、運動能力が高い子、手先が器用な子、数学が好きな子など他人と違う個性を持って生まれてきますが、そうした個性の中から、その子供なりの最も適した職業的能力を見つけ出してあげるのです。

(「勉強が好き」ということも、職業的能力の一つに過ぎないという考え方です。)

 そして、日本の中学校に当たる“基幹学校”では職業的進路を決定し、その仕事と今の勉強がどのように結びつくかを教えた上で必要な教育を行います。

 この基幹学校を15歳で卒業すると、有名な「デュアル・システム」によって仮就職をし、三年の間、就職先での実地訓練と職業学校における週二日程度の座学を並行して修得します。

 これを終えて18歳になればゲゼレ(職人)として一人前の給料を得ることができますが、開業資格を持つマイスターになるためには、さらに5年間の実務経験を経てマイスター専門学校へ入学し、試験に合格する必要があります。

 このように、ドイツにおける学校教育は、目指すべき職業というものが先に存在しているのです。

(子供たちの75%がこうした進路を辿り、大学への道を歩むのは少数派です。)

マイスターが制作した
ハム&ソーセージ

 東洋を代表するモノづくり国家である日本においても、かつては職人の地位は相当なものでした。

 “団塊の世代”までの職人たちは、自分たちの技能や仕事に誇りを持っているのです。

 しかし・・・

 “普商工農”の学力階級分けによって、やむを得ずモノづくりの道に進んだ若者たちは必ずしもそうではありません。

 “ホワイト・カラー”に対して“ブル・カラー”という侮蔑的な言葉で呼ばれた時代もありました。

 僕は今、モノづくりの技能と言うものが社会にとってどれほど重要であるかを知っています。

 最先端医療機器の微細な部品溶接を行う技能、宇宙の果てまで見通すすばる望遠鏡の鏡面をナノ・メートルのレベルまで均一に磨き上げる技能・・・全て職人がその手を使ってカタチにしているのです。

 技術者が理論的に考案したハイテク製品も、それを確かなカタチにできるパートナーとしての技能者が存在しなければ、ただの“絵に描いたモチ”に終わってしまうのです。

 それなのに・・・

 ホワイトカラーを最上とする「シングル・ピラミッドの檻」というマボロシに捉われて、自分の仕事に誇りを持てない日本の若者たち。

ピラミッド

ピラミッド

←ピラミッドは一つではない。

 その原因は、「学科の総合評価」で子供たちを序列付けてしまう教育の在り方にあるのではないでしょうか?

 現実社会では、それぞれに無くてはならない数多くの職業が、お互いに機能を分担し合いながら大きな社会のシステムを形成しています。

 数学が好きな才能も、手先の器用な才能も、音楽を奏でる才能も、他人に優しくできる才能も、等しく重要なもののはずです。

 そもそも“ピラミッドが一つしかない”と思うこと自体、虚構なのです。

 次回の通信では、目指すべきピラミッドがいくつもある社会を具体化しているドイツの職能教育システムについてご紹介したいと思います。

 日本の若者の誰もが、心に「午前8時の太陽」をいだいて就職できることを願って・・・。

 

/// end of the “その137「シングル・ピラミッドの檻」” ///

 

《追伸》

 2006年の9月30日と10月1日の両日、福島県須賀川市の須賀川アリーナで「うつくしま、ふくしま。ものづくりフェスタ2006」を開催しました。

 青年技能者による技能競技大会や県の名工らによる作品展示・実演などを行い、会場は1万1千名の来場客で賑わいました。

 (あ、いや・・・僕たちが担当して主催したんですけどね。)

 その中でもひと際、目をひいたのが下の写真の三重塔。

 (名工制作の三重塔に見入る来場者)

 実物を正確に縮尺した模型で、細かい木組みなども実物どおりに再現され、思わず息を飲むような作品でした。

 さすが一流の技能者の仕事は一味違うと感心した次第。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

宮大工

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To be continued⇒“138”coming soon!

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