岸波通信その122「息子への手紙2」

<Prev | Next>
Present by 葉羽
「たそがれのルパン」 by Fra's Forum
 
岸波通信その122
「息子への手紙2」

NAVIGATIONへ

 

  A letter for my son2 (2018.2.12改稿)当初配信:2005.7.1

「・・・ドクターから話をしますので、とにかくこちらへ来ていただけますか。
  ・・・本文より

佑樹へ

 君が、自分の信じるゲーム・プログラマーへの道を歩み始めて3ヶ月が過ぎたね。

 以前にも話をしたが、コンピュータ・ゲームの世界は需要が頭打ちになっていることもあるので、これから君の前に様々な障害が立ちふさがるかもしれない。

 でも、そんなことには負けないで、信じた道を生ける所まで行って欲しいと願っている。

竹林

(PHOTO:ヒロシ)

 今日、ケイ子とテレビの「アン・ビリーバボー」を見ていたら、沖縄の小児癌に冒された娘と母の物語をやっていた。

 僕の父~君の祖父も癌と戦う日々が続いていることもあって、番組をそれとなく見ていた。

 そうしたら、娘の検査の結果を知らせる病院からの電話のベルに、母親が怯えながら出るというエピソードをやっていたんだ。

 僕は、それを見て、思わず君の額に残っている傷のことを思い出した。

 あれは、今から16年も前のことになるだろうか・・・君がまだ2歳、拓郎が10歳くらいの頃だったね。

 その日僕が役所で仕事をしていると、夕方近くだったろうか、同僚が電話を取って僕の方を振り向き、心配そうな顔でこう言った。

「岸波さん、病院から電話です・・。」

 ・・・・・・。

「はい、岸波ですが・・。」

「岸波佑樹君のお父さんでしょうか?」

「はい、そうですが・・。」

「佑樹君がトラックにはねられて、うちの脳神経外科病院に運び込まれました。これから手術をしなくてはなりませんが、お話をしたいので、こちらにおいでいただけますか?」

「・・・・・・。」

 僕は一瞬、声が出なかった。

 ありえない夢を見ているような気がした。

「すぐに行きます。ところで、どんな状態ですか?」

「・・・ドクターから話をしますので、とにかくこちらへ来ていただけますか。」

 とるものも取りあえず上司に訳を話し、病院へ向かうことにした。

牡丹

(PHOTO:ヒロシ)

 バスを待つのももどかしく、途中タクシーが見つかれば拾おうと思い、小走りに病院へと向かった。

 家まで2.5キロ、告げられた病院は、そこからさらに2キロほど・・。

 こういう時に限って、タクシーはやってこない。

 信夫橋を越えてもまだタクシーは見つからなかったんだ。

 ふと気が付いて足元を見ると、なんと僕は、靴に履き替えるのも忘れて、上履きのサンダルのまま走っていた。

 どうりで早く走れなかった訳だ。

 やがてサンダルが壊れてしまい、しょうがなく脱ぎ捨てると靴下のままで道路を走った。

 道行く人には、何とも異様な光景に見えたに違いないね。

 結局、病院までそうやって走り続けたのだから・・・。

 病院の待合では、妻のケイ子がオロオロしていた。

「私が悪いの! ちょっと目を離した隙にお兄ちゃんの後を付いて行ってしまったの。」

「わかった、それはいい。 どんな状況なんだ?」

 ・・・その時に看護師が呼びに来た。

 話を聞くと、自宅近くのコンビニの前の道路で、兄(拓郎)を追いかけて来て、大型トラックにはねられたということだった。

 拓郎は道路を渡ってから、道の向こうに君の姿を見つけて、懸命に「来るな!」と言ったということだが、2才の君に聞き分けることはできず、道路に出てしまったのだ。

 幸いだったのは、トラックの運転手が非常に善意の人であったことと、コンビニの奥さんが君たちをよく知っていて、事故発生後の手配を速やかにやってくれたことだ。

真紅の艶景

(PHOTO:ヒロシ)

 とにかくも医師の話を聞くと、身体は奇跡的に打撲だけで大きな外傷がないけれど、地面に頭部を強く打ちつけられて額に傷を負っているので、まずは頭蓋のCT検査(断層撮影)をしてから、必要な手術をしなければならないということだった。

 僕は、麻酔を施して手術をすることに同意し、君がいるベッドに向かった。

 その10メートルほどの距離をどんなに長く感じたことか・・。

 ドアを開くと、額に血の滲んだ包帯を巻かれながら、意外なことに、君は僕の顔を見つけて笑って見せた。

「先生、抱いてもいいんですか?」

「どうぞ。強くしなければかまいません。」

 君を抱き上げて安心し、緊張が一気に解けた。

 ところが、君は僕に抱きつくと、右手で自分の額の包帯を邪魔そうに押しやった。

 ハラリと包帯がほどけたのを見て、僕は息を呑んだ。

 君の傷は、額の奥に頭蓋がむき出しで見えるほど深いものだったのだ・・・。

 再び気が動転したけれど、僕は何かを言わなければならないと思い、君に語りかけた。

「だいじょうぶ。なんでもない。ちょっと痛いかもいれないけど、だいじょうぶ。絶対にだいじょうぶ。絶対にだいじょうぶ!」

 きっと、僕は自分に言い聞かせていたんだろうね。

 そして、本当の事件はその後に起こった。

或る夜景

(PHOTO:ヒロシ)

 CT検査室に入って、あの見るからに恐ろしい検査機器に頭部を入れようとすると、君は怖がって、狂ったように僕に助けを求めたんだ。それはもう、この世の終わりみたいな表情で。

 今、冷静に考えれば、麻酔をしてから断層撮影をするとか他にも方法があったのではないかと思うし、無理やりに押さえつけて検査機に通すという方法もあったかもしれない。

 でも、君の訴えるような目を見て、そして叫びを聞いて、僕は父としてあるまじき行動に出てしまった。

 僕は泣きながら、医療スタッフにお願いしたんだ。

「お願いします。
 これ以上苦しめないでやって下さい。

 この後のことの責任は全て僕にあります。
 今は、傷の縫合だけをしてあげてください。

 お願いです。
 絶対にこの子は大丈夫です。
 お願いですから、そうして下さい。」

 何故か・・・僕は本当にそう確信していた。

 君の表情以外に根拠などなかったけどね。

 結局、君が騒いだことで、逆に意識も反応もはっきりしていることが分かり、君は麻酔をされて縫合手術をすることになった。

 もっとも、麻酔の後、僕は離れていたので、もしかすると逆上している父親には話さずにスタッフだけで断層撮影をしたのかも知れないけどね。

 君の手術後の回復は奇跡的だった。

 なんせ、次の日の夕方には、何も無かったように病室ではしゃぎまわっていたのだからね。

 でも、僕にはもう一つ心配なことがあって、同級生の医者である富樫に相談をしていたんだ。

 “君の額の傷は、いずれ消えるのだろうか”とね・・・。

 冷静な友人、富樫はありのままを話してくれた。

「残念だけれど、大きくなれば、傷もそのままの形で大きくなるだろう。
 ただ、形成手術で復元できる可能性はある。」

「・・・・・・。」

 僕は、率直な友人の言葉に感謝した。

 そして、君の額の傷を、僕の人生の一部として受け入れることにした。

アジサイ

(PHOTO:ヒロシ)

 君は、これまでの人生の中で、きっとその傷が原因で、いわれのない中傷やいじめにあったこともあるに違いない。

 でも、決して、母親や兄を恨んではいけない。

 君達一人ひとりの痛みや傷の責任は、僕一人が負うよ。

 だけどね・・・

 額の三日月傷なんて、かっこいいじゃないか。

 旗本退屈男だって、愛と誠だって、それを勲章にしているんだからね。

 それに、ずーっと時がたって僕くらいの歳になれば、皺と一緒になって分からなくなるんだよ。

 僕の顔にも、かつて同じような傷があったことを、君だって気が付いていなかっただろう?

 僕は、君と同じ年頃、顔に大ヤケドをして、右眼の腱が切れるような深い傷を負ったことがあるんだ。

 ヤケドは両親や婆さんの介護と名医のおかげで跡形もなくなった。

 そして、長く残っていた目じりの傷も、注意深く見なければ気が付かれないほどになった。

 学校の頃は、それを隠したくて長髪にしたものだから、先生からよく注意されていたけどね。

 だけど、本当の理由を言ったことはなかったよ。

 僕たち二人の顔の傷は、きっと、“自分の人生を大切に生きるように”と戒めのために神様が与えてくれたんだと思う。

 小さな傷を気にすることで、大きな災いに敏感になることができるからね。

 だから・・・

 誇りを持って生きていこう。

 もしかすると、命を失っていていても不思議じゃないほどの大きな交通事故で、小さな傷を代償として命を与えられたのだから。

 神様が、この世に君を生かし続けなければいけない大きな理由が、きっとあったんだよ。

 そのことの意味を、君の人生をかけて考え続けて欲しいと思う。

        君の愚かな父 靖彦より

 

/// end of the “その122 「息子への手紙2」” ///

 

《追伸》

 長男の拓郎から、生まれて初めて「父の日のプレゼント」が届きました。

 よく出来た長男の妻、亜矢乃さんに感謝するとともに、成長してくれた息子にしみじみと感謝しています。

 また、妻が危急の入院をした時に、全てを置いて駆けつけて力になってくれた長女沙織にも感謝をしています。

 僕は、本当に素敵な家族に恵まれたものだと思います。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

散華

(PHOTO:ヒロシ)

管理人「葉羽」宛のメールは habane8@ybb.ne.jp まで! 
Give the author your feedback, your comments + thoughts are always greatly appreciated.

To be continued⇒“124”coming soon!

HOMENAVIGATION岸波通信(TOP)INDEX

【岸波通信その122「息子への手紙2」】2018.2.12改稿

 

PAGE TOP


岸波通信バナー

 Copyright(C) Habane. All Rights Reserved.