岸波通信その103「道子へ」

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岸波通信その103
「道子へ」

1 LILAさんからのプレゼント

2 2000年春

3 道子

4 道子は風になった

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  for Michiko 【2018.3.24改稿】(当初配信:2002.12.20)
  (※メルマガ版岸波通信その38「ラブユー・フォー・エバー2」を全面改訂。)

母は、地震で割れたガラスが降り注ぐ中で、“やっと道子と一緒に死ねる”と泣いていた。」
  ・・・宮城県沖大地震にて

 通信本編の配信はほぼ一ヶ月ぶりとなります。

 この間、サイトの全面リニューアルに取り組んでいましたので、本来のコンテンツに取り掛かることができませんでした。

 でも、読者は有難いもので、“なかなかのNAKA”さんや、アメリカン美容院の久保先生ほか、たくさんの方から情報をお寄せいただいて、いろいろなテーマが待機しています。

 そうした中で、“アリスの雑貨店”のLILAさんから詩を二編、プレゼントしていただきました。

アリスの雑貨店

(管理人LILAさん)

←現在は閉鎖されました。

 LILAさんからいただいた詩は、二編とも、昔、若くして亡くなった僕の義理の妹についてのもの。

 ということで、今回の通信は、同じく妹“道子”を取り上げた《メール版》通信その38「ラブユー・フォー・エバー2」を全面改訂し、新編としてお届けしたいと思います。

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1 LILAさんからのプレゼント

 茨城県の学生さんであるLILAさんから、素敵な詩をいただきました。

 でも、LILAさんは「通信」の読者ではなく、実は僕の方が彼女のサイトのファンで、何度目かにサイトを訪れた際に、ちょうど700番目の“キリ番”を踏んだのです。

 すると、プレゼントに詩を書いていただけるということでしたので、想いを巡らせてみたものの中々テーマが思いつきませんでした。

daddy(さて、困った…。)

 僕のサイトには、fujikoさんやpecoさんを初め、お師匠さん、kouさん、Rioちゃんなどいろいろな方から、詩やバナーや写真、画像、投稿などをいただいていますが、LILAさんは、当時まだ高校生。

 透明感があってリリシズムに溢れる“彼女の感性”を活かせるテーマとはいかなるものか…。

 考えあぐねた結果、かつてLILAさんと同じ年代で、若くしてこの世を去った“義理の妹”のことを書いてもらうことにしました。

 名前は道子。

 20年間の短い人生でしたが、道子もまた詩が好きで、車椅子のまま詩を書き綴っていました。

わらびを持つ少女

(いわさきちひろ)

 いただいた詩は二編。うち一つをここで紹介させていただきます。

+天使に幸多からんコトを+


ねぇ、ボクたちの天使

君はいつしか背中に白い羽根の生えた天使になってしまったね

そんな羽根の生えた君は 空の上にあるとされている世界に一人でいってしまった


もうボクたちは 君には暫く会えないんだろうね


君は 空にある世界にいっても幸せでいますか?

苦しいコトや悲しいコトがないとされている その世界で

君は幸せに暮らしているのでしょうか?


ソコはどんな所ですか?

ソコから見える景色はどうですか?

新しい友達はできましたか?

ボクたちの知らない所で 君はどんな生活をしているのでしょう?


ボクたちにとって とても大切な存在だった君

そんな大切な君が 遠くにいってしまって

ボクたちは寂しいよ…


手紙も電話もできないその世界で

君とボクたちが 言葉を交わすコトも 触れるコトもできない遠い世界で

ボクたちは君が幸せであるコトだけを願っています


ボクたちはまだまだ君の所にはいってあげられないけれど

ボクたちはココから 君の幸せを願っています


純白の天使になった 大切な君が幸せであるコトを…………

ボクたちは この世界から祈っています

 こんなふうに、亡くした家族の思い出というものは、不思議なきっかけでふいに甦ることがあるものです。

 そして、あの日もそうでした。

花の精

(いわさきちひろ)


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2 2000年春

「3か月で新たなIT化プロジェクトをまとめてほしい。」

 ・・・僕は、その言葉を自分でも意外なほど冷静に聴いていた。多分、課長が本気で言っているとは、受け取らなかったからだろう。

「今、情報政策を巡る世の中の動きはかつての行政で想像できなかったほど早い。
過去の常識に捉われていては駄目なんだ。・・・おそらく間に合わない。

 ここ数年で普及したインターネットは、多分これからも凄まじい勢いで社会に浸透していくだろう。

 これまでのように、人間の手作業を機械処理に変えるだけのOA化の時代では無くなっているんだ。」

 ・・・彼は僕の眼を見て言った。

「時代をリードする『情報政策』の理念と哲学を、一刻も早くまとめ上げなければならないんだ。」

少女

(いわさきちひろ)

「見当もつきません。」

 ・・・正直な気持ちを返した。

「確かに僕は、会津大学でITを専門とする先生方と一緒に仕事をさせていただきました。
多少のノウハウは知っているつもりです。

しかしコンピュータは、“2000年問題”でもあれほど世間を騒がせたじゃないですか?
こんな不安な技術を行政に応用してもいいんですか?」

 ・・・ネットに対する不安がよぎった。

「いや、確かに現時点では、ネットワーク社会は脆弱なものかも知れない。
また、今は過渡期だから、技術的あるいは法制的な課題も多いだろう・・・。

しかし、そのことを恐れてこの素晴らしい技術を過小評価すべきでない。

ITは、初めて時間や空間さえ凌駕できるコミュニケーションの可能性を我々人類に提示したんだ。」

「そうなのでしょうか・・・?」

「行政も変わるべきだろう。いや、変わらなくちゃいけない。

この“素晴らしい可能性”を政策に昇華させて、この福島に住む全ての県民が、年齢や性別や障害の有る無しや様々な壁を乗り越えて、いつでもどこでもあまねく社会の発展に貢献できる、そんな社会のビジョンを一緒に創りたいんだ。」

 ・・・思わず頷いていた。

水仙のある母子像

(いわさきちひろ)

 “いつでも、どこでも、誰もがあまねく社会の発展に貢献できる”・・・その言葉に気持ちが熱くなっていた。

 道子のことを思い出したからだ・・・。

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3 道子

 “脊椎損傷”という障害を持って生まれ、様々な合併症を持つ「道子」は、ほとんど家庭での暮らしを知らなかった。

 下半身に全く感覚を持たず動かすこともできない道子は、生まれた時から施設での生活を余儀なくされ、18歳年間、車椅子とベッドの上で暮らした。

 そして、10歳を過ぎる頃、自ら望んでキリスト教の洗礼を受けた。

 道子は、敬虔なクリスチャンとなった。

あかちゃんのくるひ

(いわさきちひろ)

 やがて18歳になり、施設を出て、待ち焦がれていた家族との生活に入った道子だったが、20歳になると恐れていた合併症の悪化が始まった。

 それは、折りしも東北地方を震撼させた宮城県沖大地震の年だった。

 僕は、勤務先の喜多方で同僚の結婚式に出席していて道子の危急の知らせを聞いた。

 幸い祝宴に入る前であったので、事情を話し、礼服のままで車に飛び乗ると、妻と共に福島の病院に向かった。

 途中、中ノ沢温泉から土湯峠に向かう道を駆け上がっていた時に、突然、視界が揺れた。

 それが、仙台市を中心に悲惨な傷跡を残すことになる宮城県沖大地震だったことは後でわかった。

 病院も大変な状況だったようだ。

 道子の母は、もう病院の建物も娘の命も助からないと思ったらしい。

 倒れてくる点滴の瓶を受け止め、棚から落ちてくるものから道子を守るために自分の身を挺した。

カーネーションの母と子

カーネーションの母と子

(いわさきちひろ)

 義母は、道子が障害を負って生まれたことで、今までどれほどまでに自分自身を責め続けて来たことか。

 母は、地震で割れたガラスが降り注ぐ中で、“やっと道子と一緒に死ねる”と泣いていた。

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4 道子は風になった

 その半年前・・・道子は僕たちを困らせた。

 僕が車椅子を押し、成人式に出席した帰りだった。

「お兄さん、私、一つだけ夢があるの・・・。」

 ・・・今まで、口にしたことのない言葉だった。

「何でも叶うさ。今まで何一つわがままも言わないで、ずっと神様に仕えて来たんだもの・・・」

 道子は言いよどんだ。まるで、恐ろしい言葉でも呑み込むように。

「私・・・死ぬ前に一度でいいから結婚をしたいの。」

 ふいを突かれた・・・僕たちは言葉を失った。

「それと・・・何でもいい。世の中の人の役に立ちたいの。」

 どう答えていいのか分からなかった。仕方なく、黙って車椅子を押し続けた。

はなぐるま

はなぐるま

(いわさきちひろ)

「あはは・・・本気にした? 冗談に決まっているでしょう。」

 道子は車椅子から振り返って言った。

「私ね、いつまでも生き続けて、ずっとお兄さんたちに面倒をかけ続けることにしたの。
もう、勘弁してくれってくらいにね。だからずっとそばに置いといて。」

「バカヤロー。 お前なんか早くどこへでも嫁に行っちまえ。いくらオレが不死身だからって、お前と姉さんと二人もうるさいのがいたらたまんねーだろ。

それにしたって、人間は年上から死ぬもんだ。・・・でも心配するな。万一、オレたちがお前より長生きしたら、お前の分まで世の中の役に立ってやるからな。あはは。」

「あーよかった、やっと笑った。」

 ・・・優しい声だった。

「でもねー、もし道子がね。いつでも、どこにいてもテレパシーみたいにいろんな人と話ができたら・・・

そうだね・・・風になって空を飛ぶことができたらね、道子だって人のために役立つことができるよ。

だって、イエス様の言葉は、私のほうがいっぱい知っているからね・・・。」

 僕たちが病室に飛び込むと、道子はまだ息があった。

 顔は土気色だった。

 もう、痰を自力で排出することもできずに、医師の処置する気管吸引に、苦しそうにもがいていた。

 やがて吸引が終わり、僕たちを見つけると、道子は消え入りそうな息の下であえぐようにこう言った。

「心配したよ・・・地震で怪我はなかった?」

 こんなになってまで、僕たちを気遣うのか・・・思わず泣けてきた。

 決して泣くまいと、二人してこの場に臨んだはずだった。

「バカ言うな・・・オレは絶対、不死身だって言ったろ・・。」

 じょうずに笑顔をつくれたかどうか自信がなかった。

 道子が微笑んだ。

 道子は、いつの間にか美しい娘へと成長していた。

 そして・・・

 天使は、神様の御許へ召されて行った。

 

 道子は天駆ける風になった。

緑の風のなかで

(いわさきちひろ)


 “いつでも、どこにいても、テレパシーのように、風のように…”記憶が遠ざかり、ふいに目の前の現実に立ち返る。

「課長、わかりました。この仕事は僕に任せてください。」

 ・・・道子、お前との約束を果たす時が来たようだ。

 

/// end of the“その103「道子へ」” ///

 

《追伸》

 この話は、身内のことでもあり、さらにワケアリなので、ちょっと紹介しづらかったのですが、せっかくLILAさんから詩をプレゼントしていただいたので、思い切ってアップすることにしました。

 まあ、こんなふうにして、僕たちが情報政策課時代につくったのがIT化計画“イグドラシル・プラン”と広帯域ネットワーク“うつくしま世界樹”です。

 世界樹(SEKAIJU)とは、Systems for Electronic-society, Kindhearted Applications and Information-network Joined to tne Universe(訳:思いやりのあるソフトウェアと全世界につながれた情報網で構成された電子社会のためのシステム)の略語で、北欧神話に登場する“全ての大地に根と枝葉を伸ばしている伝説の巨木”のことです。

 でも、基盤はまだできあがったばかり。

 この世界樹が“思いやりのあるソフトウェア”で満たされた時に、本当の意味で、人々にいつでもどこでもあまねく恩恵をもたらす“恵みの大木”となることでしょう。

この恵みのことを“世界樹のしずく”と呼びます。)

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

シクラメンとふたりの少女

(いわさきちひろ)

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To be continued⇒“107”coming soon!

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