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その231

私は運がいい

 過日、いつものように上野公園に出没したのだが、あいにくの雨だった。

 ちょうど都立美術館で「永遠の都、ローマ展」を開催していたので行ってみた。

 5年前に都立美術館の広報誌に、私の「水撒き活動」が取上げられてから、都立美術館での大きな展覧会の招待券が毎回届く。

 コロナ以前は招待券でレセプションにも参加でき、立食パーティーでは上野精養軒の軽食で飲み食いできたり、展覧会の高価な図録を貰えたり特典があって嬉しかった。

 コロナになってからは、オイシー特典はなくなりマズイことになっている。

 コロナも一応落ち着いたので、元のようにしてほしい。できれば、アルコールメニューにビールも追加してほしいが、コロナビールは不可。

 ツーカ、コロナビールってあんま美味くない。辛口の美術評論家も多そうなのでアサヒスーパードライもいい。

 今回、あまり期待してなかった「永遠の都、ローマ展」だったが、やばかった。

 さすが「ローマは一日にしてならず」「すべての道はローマに通ず」だけの事はある。

 実際にローマに行って見たら、もっとやばく感じるに違いない。

 学生の頃、教授から芸術作品は現地で鑑賞するのが一番だと言われた事がある。

 特にヨーロッパの彫刻は街中にあり、臨場感がスゴいらしい。今風に言えば、「バエル」つーやつ。

「ローマの休日」という映画があったが、シニア女性向けに「ローバの休日」なんていう観光プランはないか。

 大学の美術科の実技試験に石膏デッサンがあったので、古代ギリシャ、ローマの彫刻の石膏モデルを鉛筆や木炭で何度もデッサンし練習したのだが、展覧会には、石膏像の元になった大理石の本物がいくつもあってビックリした。

 各作品に、昔のものとは思えない生命観がある。やっぱ「古典作品」は時代を超えて大切にされ「古典」として残るのだな。

 私の水撒きアートは二、三分で消えてしまうので「古典」どころか「個展」もできない。ツーカ、古典作品に対抗したらコテンパーに負ける。

 ローマに現存する記念塔の版画絵が展示してあった。

 近くで見ることができるので、顔を近づけて細かい絵を見てみると、ほとんどが戦勝記念の戦争の絵なのだ。

 今さらながらだが、ローマ帝国は「元祖」軍事国家だ。

 ヨーロッパ、北アフリカ、中東で戦争をし他民族を征服して領土を拡大していった。

 そういえばパリの凱旋門もナポレオンの戦勝を記念したモニュメントだ。

 第二次世界大戦では、フランスに侵攻したドイツが、その凱旋門をくぐり戦勝行進をする。

 ヒットラーは大悪人だが、ナポレオンも英国やロシア、周辺の国からすれば大悪人だ。

 ウクライナ、パレスチナで戦争が継続しているが、戦争は勝てば官軍「正義」になるが負ければ賊軍「悪人」になる。

 勝つためには必死になるし、簡単には停戦なんてできない。

 日本もヒロシマ、ナガサキで多くの犠牲者が出て、やっと「終戦」になった。

 旧ソビエトは第二次世界大戦で2000万以上の犠牲者が、イスラエルはホロコーストで600万の犠牲者が出た。ハンパない。

 ちなみに日本は300万、ドイツは700万、中国は1300万らしい。(数字は諸説あります)

「ローマ帝国」も多くの犠牲者の上に成り立ったのだろう。その「ローマ帝国」も北からのゲルマン人に滅ぼされる。

 世の中は「栄枯盛衰」だが、人は誰も「時代」を選んで生まれてはこない。

  「選ぶことができないもの」

 人は、親を選んで生まれることは出来ないように
「時代」を選んで生まれることはできない

 人は、親を選んで生まれることは出来ないように
「民族、国家」を選んで生まれることはできない

 私は、今の時代でよかった
 私は、日本人でよかった

 私は、私の親でよかった

 人は、「平等」には生まれない
 人生が始まった時から
 選ぶことができないものがある

 (2023.11.4)アンブレラあつし

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