帝京大学病院への通院にはタクシーを利用していますが、最近は便利なもので、迎車アプリで自宅玄関前まで来てもらえます。
迎車アプリの一つに「エスライド(S.RIDE)」があり、連想ゲームで「エスライド」→「スライド」→「昔は学会発表などでスライドを使った」。
昭和63(1988)年4月の農芸化学会での発表、同年11月の学位審査での発表では、いずれも資料はスライドで投影しました。

スライド映写機にスライドをセットしているところ
(↑これはネットから拝借しました)
会社(研究所)にはスライド作成のための暗室もありました。もう、投影用スライドなんて見たことないです、という人も多いのでしょうね。
私の記憶では、翌平成元年4月の化学会での発表ではOHP(オーバーヘッドプロジェクター)を使いました。OHPは、資料をOHPシートにコピーして、それを投影します。
OHP
会社ではもう少し早くからOHPを使っていたような気がしますが、その前はというと・・・もうあまり記憶にありませんが、月報会などの資料をスライドで作成するわけはなく、黒板を使って、あるいは資料を人数分用意して説明していたのでしょうか。
ある意味、OHPは画期的と思ったほどです。やがて資料をそのまま投影できる書画カメラが登場しましたが、使われた時期は短かった気がします。
書画カメラ
そしてパソコンの画面をそのまま投影できるようになりました。
平成17年からの工場長時代、毎月月初に工場従業員全員を集めて会社状況など説明していましたが、パワーポイントで作った資料のページをめくる操作は部下が行っていました。
パワーポイント
それが、やがてポインターに操作機能が付いて、全く便利になったものです。そして環境にもやさしく。
ツーさん【2026.2.2掲載】
葉羽 書画カメラというのは知らなかった。福島県庁で一番最初にPC一台を導入したのが財政課で僕専用。最初のワークステーションは監理課で、やはり僕専用。そんな僕でも知らないシステムがあったとは!(笑)