「windblue」 by MIDIBOX


プリマドンナたちが一度は歌ってみたい役に挙げるベスト3は、ヴィオレッタ(「椿姫」)、カルメン、トスカということになるらしい。この3つにドイツオペラのイゾルデ(「トリスタンとイゾルデ」)を加える場合もある。

 不世出の名ソプラノのマリア・カラスはこのイゾルデを歌うのが念願で、その結果喉を痛めて歌手人生の終わりを早めたというエピソードがある。

マリア・カラス

マリア・カラス

 さて、ヴィオレッタ、カルメン、トスカ、イゾルデの4役で、スリムな肢体と美貌が求められるのばヴィオレッタとカルメンだ。前者は胸の病で死んでいく薄幸な高級売春婦、後者は情熱的で浮気なジプシー女。申し訳ないがスリムな美人でなければ観る気がしない。

 ほとんどの上演ではそういうヴィオレッタとカルメンが用意されている。声楽的にはヴィオレッタ役は相当に難しい。コロラトゥーラの技巧が要求されると同時にドラマティックな声も求められるからだ。

 一方、カルメンにはそれほど難しいナンバーはない。求められるのは演技力というか、芝居心である。であるから、時々専門のソプラノ歌手ではないが歌のうまい役者が演じたりすることもある(マゼールが指揮したオペラ映画「カルメン」のジュリア・ミゲネス=ジョンソンが良い例だ)。

 そんなわけで、カルメンの上演と聞くと、のこのこ出掛けていく俄オペラファンもいるぐらいである(この手は「サロメ」にもいる)。あの哲学者のニーチェがこの「カルメン」に魅入られて実に20回足を運んだというエピソードがあるが、むべなるかなである。

ニーチェ

ニーチェ

 さて、そういうわけで新国立劇場の今回の「カルメン」は、カルメン役のケテワン・ケモクリーゼを「観る」公演と言えるだろう。グルジア生まれの新星というふれ込みである。

 ファッション業界でも、このグルジアはエキゾチックな美人モデルを輩出する地として近年大いに注目されているが、このケモクリーゼも掛値なしの美人である。

 グルジア美人のカルメンというと2009年のミラノ・スカラ座のシーズン・オープニングで歌ったアニダ・ラチヴェシュヴィリを思い出すが、ハッキリ言って今回のケモクリーゼはスタイル・フェイスともにヒトケタ上の美人である。

新国立劇場オペラ「カルメン」

新国立劇場オペラ
「カルメン」

(撮影:三枝近志)

 「カルメン」というオペラ、カルメン役さえ以上の条件を満たしていれば、あとはなんとかなってしまうオペラである。それぐらいよく出来た、血湧き胸躍る音楽に満ちている。

 本当に作曲者ビゼーを落胆させその死期を早めさせたという初演の大失敗が信じられない。全くもってアンラッキーとしかいいようがない。

 さて、このケモクリーゼ、歌はまあソコソコ。胸声と地声がうまくつながらず、少々下品な歌い回しだが、まあそんなことはどうでも良くなる。体当たり演技というのか。とにかく煽情的な芝居で大いに楽しませてくれたのである。

ニーチェ

新国立劇場オペラ「カルメン」

(撮影:三枝近志)

 脱走兵ドン・ホセ(ガストン・リベラ)、花形闘牛士エスカミーリョ(ドミトリー・ウリアノフ)ともに見事な歌唱を披露したが、この2人、カルメンとのラブシーンがかなりの本気モードであるのが大いに気になった次第である。

                

(2014.2.4「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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