「windblue」 by MIDIBOX


「日本人の好きなオペラランキング」というのがあるらしく、検索してみると第1位は「ラ・ボエーム」(プッチーニ)だという。

 第2位は「椿姫」(ヴェルディ)。他のランキングを覗いても大体この2つが競り合っているようだ。

 日本人というのはやっぱり、「新派」みたいなオペラが好きなようだ。

「別れろ、切れるは芸者の時に言う言葉。私には死ねとおっしゃってくださいな」(「婦系図」の女主人公のお蔦の台詞)というまさにそんな感じの2つのオペラではある。

「ラ・ボエーム」第一幕

(撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場)

 不思議なことに2つともにパリを舞台にしたイタリアオペラである。いくら涙腺がゆるくなったからと言って新派の「婦系図」を観て、私は泣けない。

 なぜか「椿姫」を観て泣いたことは一度もない。「酷い話だなあ」といつも思う。これがヴェルディの凄さだと思う。悲劇を冷徹に見る眼でオペラを作曲している。

 片やプッチーニの「ラ・ボエーム」、いやあ「なんてミミは可哀想なんだろう」と目頭が必ず熱くなる。これがプッチーニの上手さなのである。

 新国立劇場で「ラ・ボエーム」を観たが(11月17日初日)今回は絶対に泣かないぞと心に決めても、やはり涙ボロボロ。

 なぜ「ラ・ボエーム」はお涙頂戴オペラの傑作かと言えば、理由は簡単だ。それはこのオペラが「青春」がテーマのオペラだからである。誰にでもあるほろ苦い青春の1ページ、それを名旋律で描き尽くしている。

「ラ・ボエーム」第二幕

(撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場)

 今回の公演で何より驚いたのは女主人公ミミの恋人役ロドルフォを歌ったテノールのジャンルーカ・テッラノーヴァ。とにかく凄い声。声がビンビンに届いてのけぞるほど。とにかく絶好調だった。

 この役を十八番にしていたパバロッティのような柔らかくてヌケの良いリリコではなくて、往年のベルゴンツィを思わせるようなロブストなテノール。参りました。それに風貌がまさにロドルフォなのである。このオペラ、ミミが主人公だと思われがちだが、ロドルフォこそが主役だと思わせた。

 さてそのミミだが、これも胸を病んだ薄幸なお針子のイメージにぴったりのルックスと声。このミミという役、低い声部と弱音のコントロールが難しいが申し分ない出来。

 ロドルフォの友人たちはマルチェロを始め芸達者ばかりで楽しめた。ただマルチェロの恋人ムゼッタ(石橋栄実)は声楽的には及第点だが、この重要で難しい役としては今一つ。

 粟國淳の演出は、すでに2003年のこの劇場での公演以来実に5回目。自慢の舞台であるのは良くわかるが、さすがにそろそろ新制作が見たい。

「ラ・ボエーム」第三幕

(撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場)

 しかし、この「ラ・ボエーム」はよく出来たオペラだ。例えばラストシーン。臨終間近のミミの枕元に寄り添っていたロドルフォが看病に疲れたのかちょっとその場を離れる。するとミミの手を暖めていたマフがひらりと落ちて、ミミはたったひとりであの世へ旅立ってしまう。

 しばらくしてロドルフォの友人ショナールとマルチェロがミミは息をしていないことに気付く。そしてそれを知らせにロドルフォのところにやってくる。

「え、なんでそんな目で俺を見るんだ!?」とロドルフォはミミのそばに駆け寄る。

 この一連の動きを考えついたのは作曲家のプッチーニなのか台本作家(ジャコーザ&イッリカ)なのかは知らないが、実に上手い。

 恋人や友人に囲まれているのに、一瞬、孤独に死んで行くミミの哀しさを浮き彫りにしている。

 人間というのは哀しいものだ。これで、涙腺がゆるまないというのは難しい。思いっきり泣きたい方に是非、おすすめしたいオペラである。

                

(2016.12.31「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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