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初台の新国立劇場でヴェルディ(1813~1901)のオペラ「ファルスタッフ」を観た(12月6日)。

 ヴェルディが80歳の時に作曲したこの最後のオペラが傑作であることは間違いないが、上演される機会は少ない。

 有名なアリアがあるわけではないし、喜劇なのに笑える場面も少ない。「ドンキホーテ」を笑える人があまりいないのと同じである。

 演奏する側も、重唱が多くて練習が大変だし、短いフレーズが断続的に継ぎ合わさったようなオーケストレーションも面倒きわまりない。この新国立劇場でも、2007年の公演以来実に8年ぶりの上演になる。

 しかし評論家や「通」に言わせれば、アリーゴ・ボイトに勧められ老齢にムチ打ってこの喜劇オペラを最後に残したのでヴェルディはまさにオペラの世界で同年生まれのワーグナーと肩を並べることができたということになる。なんとも複雑な傑作なのである。

第1幕第2場 フォード邸で

(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 大先輩のロッシーニ(1792~1868)の喜劇を意識して作曲されたのだろうが、小芝居やギャグで笑わせるような軽い喜劇ではないし、今回の上演でも、観客が笑った場面というのはほとんどない。

 喜劇だからヴェルディ得意の深刻な人間ドラマがあるわけではない。しかし、傑作であるという不思議なオペラ。上演後の拍手も決してオザナリなものではなく、演奏者への感謝に溢れたものだった。

 主役のファルスタッフ(ゲオルグ・ガグニーゼ)は今回がこの役のデビューであることが信じられないような見事な歌唱であるし、フォード夫人アリーチェ(アガ・ミコライ)、クイックリー夫人(エレーナ・ザレンバ)もケチのつけようがない演技と歌だった。

 イヴ・アベル指揮の東京フィルも難関をちゃんとクリアしていた。

第3幕第3場 フィナーレの6重唱「この世はすべて冗談」

(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 最後の六重唱で「この世はすべて冗談」と歌われて、「まあ、そういうことですね」と納得して師走の街を家路につく。

 ヴェルディは実に不思議な傑作を我々に残してくれたものである。今回の上演で、見事な演奏とともに特筆しなくてはならないのは、演出のジョナサン・ミラーが提案したプランによる舞台・美術・衣裳であろう。

 なんと、フェルメールをベースにしているのである。シェークスピア原作の中世イギリスの街でも、中世イタリアの街でもない。中世オランダをベースにした舞台。この美しさは見物である。

 師走の忙しい日々の合い間にヴェルディが最後に作曲した不思議な喜劇とフェルメールの美しい世界を堪能するのも一興だ。人生はそう悪くもないものだと、とニコリともせずヴェルディ翁はつぶやく。

                

(2015.12.19「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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