「windblue」 by MIDIBOX


 WWDジャパンの特集で2005年から「雑誌」を扱い始めてから、雑誌の編集長の取材が多くなった。

 その中でやっぱり、最大の大物は「CanCam」「AneCan」の前編集長で現在小学館のチーフプロデューサーの大西豊氏。

AneCan

 広島出身者らしく気も荒い快男児だ。インタビューは今年の6月に1回だけ。

「この雑誌なくてもいいでしょうと言われて、反論できる編集者って、今いるんでしょうかねえ」という言葉が印象に残っている。

 なかなか言えないよこの言葉。

                

 

 ファッション業界の大先輩達にもインタビューを多数行い、様々なことを教えていただいた。

 その代表として、サンモトヤマの創業者である茂登山長市郎(もとやまちょういちろう)・サンモトヤマ代表取締役会長を紹介したい。

 エルメス、グッチなどのラグジュアリー・ブランドを初めて日本に紹介した人物である。

(右)茂登山長市郎氏
(サンモトヤマ会長)

(左)長男・貴一郎氏
(サンモトヤマ社長)

 その後、そうしたブランドのほとんどは日本に現地法人を設立したため、サンモトヤマは取り扱いができなくなってしまったが、チョーさん(茂登山氏の愛称)はめげることなく、世界の逸品を求めて86才の今も、世界中を、文字通り飛び回っている。

 エピソードにも事欠かない。というか、歩くエピソードであろう。イラン・イラク戦争の時に、戦場でペルシャ絨毯を買い付けたり、タイの奥地で民芸品の買い付けの時に首長族に遭遇したり、etc。

 昨年は、北極にジャコウ牛を追い、その毛である高級素材のキヴィアックを採集し、今年9月にはインドの標高3,000mを超えるスリナガルで高山病に悩まされながらパシュミナの買い付けを行なったという怪物チョーさんである。

 世界のラグジュアリー・ブランドを見続けたチョーさんが、最近会うたびに語るのは・・

「つまるところ素材に尽きるんだよ。」

                

 

 Mジャパン編集長時代に、同誌にM's BEAUTYというコーナー(私が個人的にやりたくて作った連載企画だが)があった。

 現代の美女にインタビューするというページだが、その中でピアニストの仲道郁代さんをインタビューする機会があった。

仲道郁代氏

 たぶん、今まで一番乗りに乗ったインタビューだったのではないだろうか。

 音楽談議に花が咲いて、2時間を超えるロングインタビューになった。

 ほとんど個人的趣味に走った2時間だった。

 美人ピアニストと思う存分話す時間というのは、やはり音楽ファンにとっては至福の時なのです。

 美人ヴァイオリニスト(諏訪内晶子さんとかアンネ・ゾフィー・ムターとか)にも、是非今後インタビューしたいと考えていますが。

                

 

 やはりMジャパン編集長時代の連載「現代名人伝」でのインタビュー。

 当時将棋名人だった中原誠・現十六世名人が相手。

 これも私の個人趣味に走った人選だったかな。

ライバル米長邦雄との対局風景

「私は銀より桂馬が好き。
実際桂馬の意外性ある動きが、私の将棋の根本にあるかも」

 ~と中原氏。

 この人格者が、後に不倫騒動に巻き込まれた時は、本当に驚いた。

                

 

 クラシック音楽ファンの私だが、今まで最も足を運んだ演奏家は、間違いなく指揮者の小澤征爾のコンサート&オペラ。

 ヘネシー・コニャック(これもベルナール・アルノーの欄で紹介したLVMHグループ傘下)がスポンサーになり、小澤征爾が音楽監督になったオペラシリーズにはよく通ったし、松本でサイトウ・キネン・フェスティバル松本が旗上げする時にも、「取材で」松本まで馳せ参じた(1992年)。

 ヘネシーオペラシリーズでプッチーニの「マノン・レスコー」(1991年)をやった時には、インタビューまでしてしまった。

小澤征爾氏

 この時の実演の「間奏曲」ではジーンと胸が熱くなったのを覚えている(オーケストラは新日本フィル)。

 それまではわずかに疑問がなかったわけではなかったが、これは、間違いなく本当の芸術家だと確信した。

 オペラが下手だという辛口の評価もあるが、下手で世界最高峰のウィーン国立歌劇場の音楽監督になれるはずもない。

 そんな世界のオザワもすでに72才。末永い活躍を祈りたい。

                

(2008.1.22「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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