The Mysterious Moon 3
こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。
貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。
「宗像教授異考録」などで有名な星野之宣の長編劇画「ムーン・ロスト」では、地球がその伴侶である月を失うところから物語がスタートします。
地球への衝突コースを進む巨大小惑星を、人工的に作ったナノ・ブラックホールを用いて消滅させようとしたところ、近傍にあった月までもが一緒に呑み込まれてしまうのです。
←(ナノ・ブラックホールは、その後に“蒸発”します。)
欠け替えのないパートナーを失った地球は、自転軸が狂い始め、北米大陸は新たな北極となって氷に閉ざされ、逆に南極の氷は解け始めて海水面が上昇、未曾有の天変地異が地上を襲います。
その後、月の潮汐力による海の満ち干は無くなり、地球上のあまねく生物の体内時計が狂い始めます。
永遠に失われてみて、人類が初めて認識する“月”の大切さ。
生き残った人類は、その叡智を結集し、新たな月を手に入れようとするのですが、その手段はこれまで誰も考え付かなかったほど壮大なアイディア~木星の衛星エウロパを月軌道に投入するというものでした。
しかし・・・
このストーリーのように、欠け替えのない存在である我々の“月”。
今回のanother
worldでは、思わぬところから発見された“地球の第二の月”のあまりにも奇妙な振る舞いについてご紹介いたします。
今回は、答えを先に言いましょう・・・地球の“同軌道天体”のお話です。
1 反地球
“同軌道天体”とは、ある一つの惑星なり衛星と同じ公転軌道を共有する天体のこと。
こうしたお話になると、昔からよく登場するのが“反地球”という架空の天体です。
“太陽を挟んでちょうど正反対の位置に地球とそっくりの惑星が存在する・・・そして、その公転周期が地球と全く同じであるために、決して地球からは観測できない星、それは“反地球”・・・
~という魅力的なアイディアは、過去、多くのSFに応用されて来ました。
特に有名なのは、ジョン・ノーマンによって書かれた「反地球シリーズ」で、この作品は1967年から1988年までの間に25巻が発行されました。
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反地球シリーズ1「ゴルの巨鳥戦士」
(著:ジョン・ノーマン) |
主人公は反地球ゴルの住民であるタール・キャボットで、第一巻「ゴルの巨鳥戦士」で妻となったタレーナが、その後行方不明となり、タールは彼女を探して壮大な冒険を繰り広げるのです。
日本で反地球が登場するお話としては、鉄腕アトムが初登場する「アトム大使」、TV「ウルトラセブン」の第43話、ドラエモンの「あべこべの星」などがあります。
このように、反地球は、SFに登場する架空の惑星なのですが、20世紀末に、その存在を大真面目で主張する人物が現れました。
その人物とは、超常現象研究家として有名な飛鳥昭雄で、1995年に著した「太陽系第12番惑星ヤハウェ」において、“NASAから流出した”という謎の天体写真を取り上げ、反地球の実在を主張したのです。
彼によれば、木星の大赤斑から飛び出した惑星ヤハウェが地球に襲来して月を破壊し、月から噴出させた水はノアの大洪水を引き起こして4500年前まで生きていた地球の恐竜を滅亡させ、やがて太陽の裏側に移動して反地球となった~というのです。
そして、ヤハウェの実写の写真まで掲載するという出血大サービス!(うむむむむ・・)
←後に、この写真は捏造であることが明らかになりました。
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太陽系第12番惑星ヤハウェ
(著:飛鳥昭雄)
背景写真は捏造の元ネタとなった木星のタイタン→ |
しかし、地球の公転軌道は完全な円ではあrません。
楕円軌道上の位置によって速度が変化するために、位置がずれたタイミングで反地球が見えてしまうのです。
現在では、宇宙探査機からの観測によって、反地球は存在しないことが明らかにされています。
さて、確かに反地球は存在しません。
しかし、反地球のように“惑星と同じ軌道を公転する天体”はあり得ないのか~ということになりますと、話は別です。
いえいえ、「別」などころか・・・
こうした“同軌道天体”というものは、この太陽系では、ごく有りふれた存在らしいのです。
2 木星の同軌道天体
太陽系最大の惑星である木星には、2007年現在、63個の衛星と3本の環が確認されています。
さすが、太陽系最大の惑星です。
地球と月のように、お互い唯一の伴侶しか持たない星とはスケールが違います。
まるで“木星一家”・・・そこだけで、一つの世界を形成しているようではありませんか。
ところが・・・
木星を母天体とする星はこればかりではありません。
何と、その外に2000個以上も存在しているのです。
これこそまさに、木星の“同軌道天体”なのです。
彼らは“トロヤ群”と呼ばれる小惑星群で、太陽から見て、木星の公転軌道上60度前方と60度後方に二つの群れを形成しています。
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木星のトロヤ小惑星群
←木星の60度前方と60度後方(緑色)。
なお、白で示した小惑星群は、
火星と木星間のメインベルト。 |
このうち、60度前方の“前トロヤ小惑星群は、別名“ギリシャ群”と言います。
そして、“後トロヤ小惑星群”は単なる“トロヤ群”。
そう・・・お気付きの通り、古代ギリシャの「トロヤ戦争」にちなんで名付けられたものです。
そして、それぞれの小惑星にもギリシャやトロヤの兵士の名前が付けられているのです。
もちろん、映画「トロイ」でブラッド・ピッドが演じたアキレスという名の小惑星も“ギリシャ群”の中にあります。
でも、彼らは決して闘うことはありません。
何故なら、彼らは互いを追いかけあい、永遠にあいまみえることはないのですから・・・。
さて、彼らの存在する位置は何故“60度”なのでしょう?
この位置は太陽と木星を一辺とする正三角形の頂点に当たる位置になっています。
つまり、二つの星からの引力と自分自身の遠心力とのちょうど平衡点になってるのです。
この位置から外れると、太陽や木星の引力に捉えられて落下するか、遠心力が勝って太陽系のはずれに弾き飛ばされるか、いずれかの運命が待っています。
逆に言えば、元々は軌道上のほかの位置にも小惑星が存在したのでしょうが、それらはどちらかの運命をたどって消滅し、60度の平衡点にあったものだけが生き残った~ということでしょうか。
この平衡点は、発見者であるイタリアの数学者の名前をとって“ラングランジュ・ポイント”と呼ばれています。
←不動でいられる“平衡点”は、他にもL1~L3の三箇所があります。
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ラングランジュ・ポイント(平衡点)
←L4とL5がトロヤ小惑星群の位置。 |
さて、当然のことながら、ラングランジュ・ポイント(平衡点)は、太陽=木星系にとどまらず、全ての星系に存在します。
既に、太陽=土星系や太陽=火星系、木星と木星の衛星系、土星とその衛星系にも同軌道天体が存在することが分かっています。
これら同軌道天体は、代表的な木星のトロヤ小惑星群の名前をとって、“トロージャン天体”と呼ばれることもあります。
さて、ここからが本題・・・。
ならば、我々の地球や月の場合はどうなのでしょう?
3 地球の第二の月:コーディレフスキー雲の行方
another
world.Episode6「ミステリアス・ムーン(後編)」では、“地球の第二の月”が探索された歴史を振り返りました。
そして、その結論として、“地球の第二の月”は、地球=月系のラングランジュ・ポイントに位置する淡い雲状の天体として発見されたことをご紹介しました。
最初に発見したのがポーランドのカジミェシュ・コーディレフスキーであったことから、これを“コーディレフスキー雲”、あるいは月と同じように地球の周りを回っている事になるので“地球の雲状衛星”とも呼ばれています。
彼は、1956年に初めてその“雲”を目視観測し、1961年には写真に収めることにも成功しました。
その後、1967年にはJ・ウェスリー・シンプソンがカイパー空中天文台で確認、1975年には太陽観測衛星OSO-6からも確認されたことで、その実在は確実視されるに至りました。
ところが・・・!
1991年、日本の宇宙探査機「ひてん」が実際に月のL4・L5点を通過し、“雲”の探索を行いました。
しかし、コーディレフスキー雲は文字通り雲散霧消・・・いっさい観測されなかったのです。
どうして、このようなことが?
この謎については、コーディレフスキー雲が一時的な現象であった可能性、流星群の残した帯など別のものを観測していた可能性が指摘されています。
いずれにしても、1975年の太陽観測衛星による観測以降は、多くの試みにもかかわらず再確認されることはありませんでした。
少なくとも、現時点においては、存在する可能性が低いのではないかと考えられています。
そんなわけで、“地球の第二の月”の論争に終止符を打ったかに見えた“コーディレフスキー雲”の発見は白紙に戻りそうな気配です。
やはり、我々の月は地球の唯一の伴侶だったのでしょうか?
ところが・・・
そんな折りも折り、とんでもない天体が我々の眼の目に出現したのです。
4 謎のストーカー天体
1986年10月のことでした。
オーストラリアのクーナバラブラン市にあるサイディング・スプリング天文台で望遠鏡を覗いていたダンカン・ワルドロンは、地球近傍に奇妙な小惑星を発見しました。
観測を続けると、その小惑星は地球の周りを回転し、まるで地球の衛星のような振る舞いをしているのですが、問題なのはその公転軌道です。
円形や楕円形の軌道ではなく、行きつ戻りつ、まるでデタラメな軌跡を描いていたのです。
地球の軌道の周りをらせん状に動いているようなのですが、ある所まで達すると急に引き返し、また元の軌道に戻ろうとする・・・。
全体としては馬蹄形、あるいはハート型とも呼べる軌道を描きながら、そのハート型自体も回転しているようです。
ハート型を描きながら、地球につきまとうストーカーのような小惑星・・・。
この小惑星は、後にクルースン(イギリス諸島に最初に住み着いたケルト民族の名前)と名付けられました。
クルースンは、果たして“地球の第二の月”なのでしょうか?
いいえ、そもそもクルースンは、自然に存在する天体なのでしょうか?
1997年、ヨーク大学(カナダ)のポール・ウィガートらによって、このクルースンの軌道が解析されました。
クルースンは決して地球の周りを廻っていたわけではなく、太陽の周りを地球と同じような軌道で公転している“同軌道小惑星”だったのです。
その直径は約5キロメートル。
太陽に最も近い点では金星の内側、離れた場合には火星の軌道付近まで到達し、地球に最も近づいた場合、地球から1500万キロメートル(地球=月間の40倍の距離)まで接近します。
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地球から見たクルースンの動き
←さらにこれが回転する。 |
クルースンの公転軌道自体はごくありふれた楕円軌道なのですが、一緒に公転している地球から観測すると異常な動きに見えてしまうのです。
それにしても・・・
このクルースンは、地球と衝突することはないのでしょうか?
ポール・ウィガートらの計算によれば、非常に長い期間にわたって地球の軌道と同期しており、少なくともこの先数百万年の間は衝突の危機が訪れることはないそうです。
とりあえずは一安心です。
そんなわけで、またしても“地球の第二の月”は幻に終わりました。
しかし、地球から見れば、月と同じような“伴侶”と言っていいかもしれません。
しかも、今度の伴侶は、飛びっきりのヤンチャ者です。
だって、ハート型の軌道を描いて、地球に秋波を送り続けながら付きまとっているのですから・・・。
/// end of the “Episode31「ミステリアス・ムーン3~同軌道天体~」”
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《追伸》
実は、地球とほぼ同軌道にある地球近傍の小惑星は、このクルースンだけではありません。
2004年時点で、クルースンの他に三つ発見されています。
それらは、(54509)YORP(2000
PH5)、(85770)1998UP1、2002AA29と名付けられています。
なお、クルースンについて、本文では“新たな伴侶”と書きましたが、これら三つの同軌道天体も含めて、むしろ“地球の兄弟”と言ったほうが適切かもしれません。
また、地球には、これら“地球とほぼ同軌道天体”ではなく、完全なトロージャン天体も存在します。
ただし、それらは、小惑星のような大きな天体はありません。
その代わりに“星間塵の雲”がL4とL5を取り巻いていることが、1950年代に発見されています。
なお、奇妙な軌道を持つクルースンに魅力を感じたSF作家のスティーヴン・バクスターは、著書「Manifold:Time」において、クルースンを舞台に取り上げています。
では、また次回のanother
world.で・・・See
you again !
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地球と月のミニチュアモデル
月と地球の間の距離は38万4,400km。
これに対し地球の直径は1万2,756km、月の直径は3,474km。
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be continued⇒ “Episode32 coming soon!
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