BGMは「Fair
Wind」 (TAM Music Factory) |
by朱雀RS |
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話は少しさかのぼる。
高校生活も終局となり、受験シーズンを迎えていた。
僕は体育教師になりたかった。
「国立か六大学以外は駄目だぞ!」と父が言う。
「トウチャン、俺、石校だよ、
ここ数年は国立なんか誰も入ってないよ!」「体育教師になるなら、F大教育学部・特設体育学科だぞ!
大丈夫、オマエはやれば、出来る。」と更に父が言う。「あのね、トウチャン’やれば出来る!’はね
今、出来ないんだから’出来ない!’と一緒なの!!」(だいたい、誰がキャンパスまで、親と一緒に過ごしたいと思うものか!!!)
やる奴は、ほっといたってやるのよ、やらない奴は、誰が何と言おうとやらない!!!
アンタの末子は後者なのだよ、しっかり認識しなくちゃあね!
しかし、プロネタリアートは、資本家の言う事は聞かなければならない。
だいたい、柔道・剣道・空手・居合・手裏剣とか、訳判らないのも入れると合計20段を越してしまう男になんか、逆らえる筈もない。
(その、力で威圧的に人を押さえ込む態度、改めた方が良いと思うぞ!)
1 高校は出たけれど・・・
ほらぁ〜 全部落ちちまったい!!!
偏差値見れば判るじゃない。
スポーツもそうだけど、受験も科学しないとぉ〜!
ホントに世間知らずなんだからぁ〜
失敗は人のせいにすると、とても楽である!
大学受験は失敗したが、(いや、失敗と言えるのだろうか?)まぁ、当然の結果を貰っていた。
とにもかくにも、やっと高校の’卒業証書’を手にしていた。
ついに本人登場!
なんか文句あっか!
(←斜に構え、尖がっている朱雀RS。)
骨を粉々に砕く程の安堵感と達成感に満たされていた。
まるで、人生のGOALに達した様であったのだ。
父の好意で浪人を認めてもらい、上京した。
高級住宅地’西荻窪’在住となった。
が、浪人の一年間は脱力感に満ち溢れ、学力なんぞ上がろう筈もなかった。
だいたい、お目付け役の兄と毎晩飲み歩くは、山にこもるは、かなわぬ恋に夢中になるは・・・・
結局、翌年も父と同じ会話を繰り返すだけであった。
これでは、いけない・・・・3年間も余分に過ごしてしまった、やっぱり手に職だ!
僕は早く世に出て、独立する事を望んだ。
’板前’・’自動車整備’の道を主張したが、
’オマエにあんな辛い修行が務まる筈がない!’という兄の力強い言葉に
’あぁ、なる程!’と納得してしまった。
(バカにすんじゃねぇ! 当たっているけれども・・・・・)
2 “マシン管理者”への道
家族会議の結果、コンピューター技師の道を選択し、僕は富士通電子計算機専門学校に入学した。
大田区蒲田の富士通システムラボラトリ内にあるその学校は、ユーザー以外のマーケット開拓を担う、企業保有の教育機関で、高校からの進学よりも企業派遣のリーマンの方が多かった。
富士通システムラボラトリにて
(プライバシー保護のため、
ちょっとボカシを入れました。)
そこで、一生涯の仲間二人を手に入れる事が出来たし、なによりも面白いのだ、コンピューターってば!!!
寝食を忘れて学んだ!
プログラミング課程は主席で修了した。
(有り得ないっ!!!)
表彰されるところだったが、出席日数不足でポシャッた!
(ああ、やっぱりねぇ〜)
更に、システムエンジニア課程・研究課程と、準備されているコースは全て受講してしまった。まるで、学校のヌシになってしまったようであった。
生活環境は変り、目標意識が芽生え、人格迄変ってしまった。
穏やかで、優しく、許容力が増したようであった。
(自分で言うのが恥ずかしいぃ〜)
再び本人登場!
思わぬ好青年の朱雀RS
(←おっ、普通の人じゃん!)
研究過程の時には、実習講師に任命され、幾ばくかの収入もあった。
履歴書には’専門学校講師’と書いている、ウソも方便だ!
実習講師の役割は、まぁオペレーターってとこで、学生さんにアドバイスしたり、教材を作ったりする。
一番凄いのは、マシンの管理者たる事であった。
最新鋭の大型汎用機の管理をするのである。並の専門学校では考えられないことだ。
何億もする機械が僕の物と一緒なのである!
富士通の研究員に貸し出したりもするので、なんだか、とっても偉くなった気分だった。
やけに、学生さんからのお誘いが多くなった。やれ、食事を御馳走するの、お酒を御馳走するの・・・僕には身に覚えの無い、人気の高さなのだ!
最後に必ずのフレーズ、
’機械、ちょと使わせてくれない!?’
学生たちの人気者朱雀RS
(←あらら“アンラッキー”は何処へやら!)
あぁ、成る程ぉ〜 権力を握るってば、こういう事なんだぁ・・・・・!
実習時間内で終える事の出来ない課題を終わらせて成績を確保したいんだぁ〜
企業派遣の人はチビシィんだなぁ!!!
機械を使わせはしなかったが、僕は学校に住んでいるようなものだったので、自分の研究テーマの空いた時間に処理してあげた。
研究テーマは’シンタックスチェッカーにおける逆ポーランド解析’
卒業制作は’マシンランゲッジによるアセンブラの作成’・・・・・
(何の事か判らないぃ〜、実は大したことないです、はい!)
僕の作ったアセンブラはそのまま教材となった!!!
(ウレピィ〜 うっうっ!)
2 “勘違い野郎”現る
そんな学生さんの中に、岡三証券の子会社の岡藤商事の電算室長だと言う人物、N田がいた。
「うちの会社で、働かないか?」
岡三証券ってば、めちゃ一流じゃん!!!
諦めていた一流会社ってヤツゥ??????
その子会社なら充分じゃないかぁ〜
「はい、よろしくお願いします。」
即答だ!
それから、N田とは急速に接近して、変りに課題はやってやるは、調べ物をして教えてやるは、一緒に旅行するは、SKIに行くは・・・・と、行動を共にする事が多くなった。
僕は、N田が修了を迎え、帰社する時に同時に就職できるものと思い込んでいた。
ある日、岡藤商事の電算室を見学する機会があったのだが・・・・・
驚愕!!!!!!!
そこには、早川電気(現在のシャープ)の’HAYAC’がチョコンと存在しているだけであった。
こんな、家電に毛の生えたみたいな計算機じゃぁプリントアウトもままならない・・・・・
だいたい、なんで入力機が紙テープなんだよぉ〜
磁気テープだって、一台しかないしぃ〜
ろくなもんじゃねぇ! だめだ、こりゃぁ!?!?
N田いわく、
’大丈夫、機械を買って、総合証券システムを構築するのだから!’
実務経験のない僕は納得してしまった。
そう、僕は気付かずにいた。
企画書、機器購入の稟議、システム導入の要件定義、ETC・・・・には、長い期間を必要とすることを・・・・
更に、悪いことに、N田は人事権を持たない只の課長代理職であった。
企画を通し、要員計画を計り、予算を取り、ETC・・・・・
それからじゃぁないかぁ!?!? 人を雇うなんて・・・・!?!?
やがて、N田は修了を迎え帰社した。
’ちょっとの間、待ってくれ、必ず迎え入れるから!’
僕は就職浪人となってしまっていた。
’ちょっとの間’は、実は’うんと長い間’だったのだ!
オフクロが言う’本当に、大丈夫なの・・・・・・・?’
アニキが言う’人なんか、あてにしないで、早く自分で探せ!’
僕はフリーランスのプログラマーとして食い繋いでいたが・・・・・とうとう、待ち切れずにNECの子会社に就職してしまった。
実に1年も経過してしまった後の事だった。
バカヤロォ〜 この勘違い野郎!
俺の一年間を返せぇ〜
岡藤商事のシステム構築が始まったのは、5年後の事だった!しかも導入機種はバロースのB3000という機械で、兄の会社のものであった。
このやろぉ〜 くそアニキィ!
弟を商売のダシにつかうなぁ!
いやぁ、いくら人生なんでも有りったってさぁ・・・・そりゃぁ無いだろう!!!!
結局、ベンダーであるNECの関連会社に就職出来て、良かったのかも知れない・・・・・
僕は思う!
「甘言雑言」などに乗ってはいけないのだと・・・・・・
N田を仲間と認識し、夢見がちに過ごしたあの日々はいったい、何だったのだろう!
返せェ〜
くそっ、泣いてたまるかぁ!(うっうっ)
BY 朱雀RS (2004.10.15)
IN 虚無の風
◆ 前作男の6・7「600Mileに負けた日」についてのコメント ◆
朱雀RS
葉羽さま
有難う御座いました。
思わぬ反響に驚いています。
自分の記録簿を作成しているようなもので・・・
御恥ずかしい限りです。どうも、同窓生のミンナには、
軽い奴だと思われているフシがありまして、
ちょっと、心外だったのですが・・・・
いやぁ、否定はしませんよ、軽いです!!!でもね、僕にも、ちったぁ’純’な処もあるのです。
読み返してみると、あの5年間が
僕の全てであったような気がしたりするのです。
(思い出しては、ホロリ・・・・不覚!)今、やっと、いろんな呪縛から解き放たれて
やっと始りを迎えたような気がしてくるのです。’んっしゃぁ〜 生きてやる!’
誰もの明日が、良い一日で有りますように・・・・
葉羽氏の敏腕により、
P.P.MやBOROのジャケットも
懐かしく拝見出来ましたので、
’アイヤァ〜、コッパズカシィ! ナジョスッペカナイ?’
(バルカン星:コミュニティー フクスマの言葉で
’あれぇ、恥ずかしい、どう致しましょう?’の意)
といったところ以外は
大満足でした!応援してくださる皆様
本当に有難う御座います。
’恥ずかしさ・照れ臭さ’などを乗り越えて
もう少々続けさせて頂きます。(今回(その8)なんか、自分の写真迄、載せちまいました。
オヤジが何をするかぁ〜!!!!
あれっ、僕ってば’ナルシスト’????)大物ネタはもう、無いのですが、
それなりに書き続けさせて頂きたいと思っております。朱雀RS でした。
葉羽
まあ、軽い男に騙されてしまったワケだけど、僕はキミのそんなところが好きになりかけている。
いいじゃないか! 挫折をしなければ成長できないし、挫折をしなかった男は、結局、僕らが軽蔑していた嫌な大人になると思うんだな・・・。
そうさ男は、どんなことがあっても“泣いてたまるかっ!”
頑張れ朱雀RS。僕たちは君を応援する。
次回もまた、「スーパー・アンラッキーストーリー」をお待ちしています。
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