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 #252 植木等風雲録

by 葉羽
Photo:「植木等 ザ・コンサート」のパンフレット
BGM "手をつないで" TAM Music Factory
Site arranged by 葉羽

 

◆お呼びでない?・・・こりゃまた失礼いたしました!
 1961年から放映されたバラエティ番組「シャボン玉ホリデー」で繰り返し使われた鉄板ネタ。実際に間違った場面に登場して思わず発した言葉が大ウケとなったため、コントで使うことに。後の志村けんのネタ「変なオジサン」はこのネタのパロディ。

◆わかっちゃいるけど、やめられねぇ
 大ヒットした「スーダラ節」の決め台詞。植木はこの楽譜を渡された時、こんなフザケタ歌を歌ったら浄土真宗の僧侶である父親に激怒されると悩んだ。だが父親は「これは親鸞聖人の教え(人間の煩悩)に通じる」と絶賛し発売されることに。

◆サラリーマンは、気楽な稼業ときたもんだ
 映画『ニッポン無責任時代』の主題歌『どんど節』より。当時は高度成長期でサラリーマンは身をすり減らして働くのが当たり前の世相。この歌の「もっと肩の力を抜いていい」というメタ・メッセージがどれだけ救いになったことか。

◆そのうちなんとかなるだろう
 映画『ホラ吹き太閤記』の主題歌『だまって俺についてこい』より。「♪銭のないヤツぁ俺んトコに来い、俺も無いけど心配すんな。見ろよ青い空、白い雲~」の後に続く歌詞。無責任な内容だけれど不思議と元気づけられる歌でした。

◆地獄へ落ちるのも、皆で行けば怖くない
 映画『日本一のホラ吹き男』の劇中台詞。無謀とも思われる起死回生の計画に突き進むとき、リスクを恐れるなと仲間を励ました言葉。後のビートたけしさんによる「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の元ネタ。

◆努力は人が見ていないところでするものだ
 これは彼自身の信念として語られた言葉。私生活では台本を完璧に覚え挨拶を欠かさない極めて律儀な人物だった。植木等の付き人兼運転手を務めた小松政夫の証言によれば、素顔の植木は温厚で真面目な人物で「貧乏人の倅」を自称し、酒も飲まなければギャンブルや女遊びが大嫌いだった。小松は植木の芸に対し「笑いの後に必ず涙がある」と評した。また、そんな彼が自分とは真逆の「無責任男」を演じ続けたことに対し、黒柳徹子は「アナタは日本一の有(う)責任男よね」と語った。

葉羽 「植木等」について

 小学校から中学校にかけて、彼の映画を見るのが楽しみでした。もちろん日曜の「シャボン玉ホリデー」は欠かさず見ていました。その頃、我が家はまだ貧乏でしたが、明るい彼の言葉にどれだけ励まされたか分かりません。


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