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 #125 離見の見

by 葉羽
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◆役者が意識する姿は「我見」であり、ただ一人だけで夢中に演じていても観客の心に訴える感動的ないい芝居はできない。観客と同心になり、あらゆるところから自己の姿を把握できるもう一つの心の眼を持たなければならない。
(世阿弥『離見(りけん)の見』)

◆弓矢は自然体でなければ当たらんのですよ。自然体を学ぶために弓があるようなものなんです。躰のどこの部分にも不必要な力が入っていると駄目です。力を抜いて自然体になった時、本当の力が出るんです。(富士製鉄 武田豊「自然体」)

◆幸福な家庭は互いに似かよっているが、不幸な家庭はどれもその不幸が違っている。(トルストイ『アンナ・カレーニナ』)

◆僕は今、六十代の坂を登り続けています。でも、いつも若い頃持っていた夢がどこかで今の僕を鞭打って、新鮮なあこがれへと歩ませてくれています。どんな時代に生きようが、「夢」というものを持たなくては一生索漠とした人生を送ることになるのではないでしょうか。(シャンソン歌手 高英男)

◆私の母もまた哄笑の人でした。私が小学校二年の時に敗戦を迎えましたが、母は戦争未亡人となって子供四人を育てました。日本中が飢えていた時代ではありますが、母子家庭ですからその中でもさらに低い生活を余儀なくされていました。それでもあまり深刻な顔もせずよく笑っている母でした。近所の人はバカ笑いと苦笑したけど、母のあの陽気な笑いのお陰で兄弟四人、いじけることもなく生きてこれたと思います。(作家 佐木隆三「哄笑〔笑いとばすこと〕の大切さ」)

 

 

 

葉羽 「離見の見」について

 この話は、歌舞伎役者の市川猿之助さんが「座右の銘」として大切にしていることを話したものです。自分のできる精いっぱいでは駄目で、観客を満足させているかという視点を常に意識せよという事でしょうか。


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