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リルケの詩「マルテの手記」を読んで考えた。
・・・・・中略・・・・・
一つの詩のために、たくさんの街や、人間や物を見なければならない。
・・・・・中略・・・・・
思い出がぼくたちの中で血となり、まなざしや仕草となり、もはやぼくたち自身と区別がつかなくなって初めて、ごく稀な瞬間に、詩の最初の言葉が思い出の中心に浮かび上がってきて、そこから出発するということがありえるのだ。
「マルテの手記」
アーティゾンミュージアムの壁に展示されていたリルケの詩「マルテの手記」と、その和訳。

アーティゾンに行ったのは、モネの絵に会うためでしたが、思いがけずも素晴らしい出会いだったのが、この壁でした。
私も、時々、突然詩が降ってきます。
普段はいろんな事を感じたり考えたり、
本やエッセイを読んでは思い出し、拾い上げて、
また感じたり考えたり思い直したり、ぐるぐる回る。
それが、自分の中にある程度文章として整理されると日記になる。
さらに、それが、概念的な部分だけ抽出されて、自然に自分の中に浮かび上がってくると、詩みたいな文章になる。
そして、それが、葉羽様によってカルタに編集されるのですが。
リルケの詩を読んで、自分の中に突然勝手に浮き上がってくる詩って、こういうことだったのか、とものすごく納得してしまった。
で、今回も考えてるうちに突然湧き上がってきた詩。
忘れないうちに投稿します。
「It's Mine」
人間は寂しい生き物だ
ひとりになるのが寂しくて
誰かと一緒にいたくて
悔しいのも
悲しいのも
嬉しいのも
寂しいのも
腹が立つのも
全部私
私だけの感情
私だけの思考
私だけの肉体
私だけの人生
私だけのもの
肉体はここに留まっているけど
頭の中は、胸の内は、
どこまでも高く想像し
どこまでも広く感じて
どこまでも深く考えることができる
感情は自由
思考は自由
私はひとり
私は自由 |
(配信:2026.9.3 ちぃな) To be continued⇒
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