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 第410話「茨城水海道・レンガ蔵編」




by ちぃな ちぃな
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 茨城水海道・レンガ蔵編

ちぃな仕事で隣市へ行く機会があり、目的地の住所をグーグルマップで見てみると、何やらランドマークになっている・・・。

 ので、ググると文化財登録されているとのこと。
 文化財とあれば見逃すわけにはいかんので、さらにググる。
 明治15(1882)年建造、銅板葺、3階建。

 以下抜粋↓

「江戸時代初期の鬼怒川開削によって、
 物資輸送の中継基地として発展した水海道河岸は、
 幕末から明治にかけて隆盛を誇り、豪商たちが店を連ねた。
 醤油の醸造販売の傍ら廻漕業も営み,
 会津藩の廻米を扱うなど水海道河岸における水運の中心的な役割を担った。
 こうした繁栄ぶりを今に伝えているのが,このレンガ蔵である。」

 んだそうな。

 

 ちょっと待て、会津の米もここに来てたわけ!?
 というわけでさらに調べまくる。

 どうやら、米を江戸まで運ぶのに栃木までは陸路で、そこから水運を使い、鬼怒川を延々下ってきた様子。
 茨城県の水海道で積み替え、今度は利根川→江戸川で江戸へ運んだ様子。

 

 へええ、面白い!
 その時の名残りが残ってるんですね。

 せっかく所有されている方と会うので、失礼を承知で「実はあっちの蔵が気になってるんですけど」と言ってみる(汗)。

 図々しくも仕事と全っ然関係ない蔵の中まで案内して頂き、ひたすら恐縮するも興味深く見せて頂く。

  1Fの窓

  3Fの窓

  天井

 梁を見ると別な建物を解体した再利用なのかもとのこと。

 

 入り口上の煉瓦が斜めなのは装飾?

 後日、さらに図々しくも埋文調査員の夫も一緒に再び訪問。
 いやー、一応専門職なもんで、やっぱりプロが見ると違いますね。

 

 下の色が違うのは焼締めレンガと言って、釉薬を塗って高温で焼くため水が染みないのですが、表面だけのようなので、たぶん見栄え重視だろうとのこと。

夫曰く、
「木造建築中心だった江戸の文化から、新しいレンガ造りに飛びついた文明開化の空気感を感じる。良し悪しじゃなくて、新しい物がどんどん受け入れられて造られていった当時の勢いみたいなものを感じる」
 とのことでした。

 当時の大日本博覧図も見せて頂きました。
(後日調べたらデジタルミュージアムにも載ってました。)

 たかだか100年ちょい前ではありますが、やっぱり面白いですね。

(配信:2022.9.22 ちぃなちぃな)  To be continued⇒

   

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