アッキー
先日、山形城の現説に行った。
一昨年から続く、本丸北面の調査で今年は北東角。
一昨年渡った北面土橋の側面を見る。
先日、山形考古で石垣を語つて頂いた
I嵐さんにいろいろ教えて頂く。
弱点は遺物がほぼ瓦で展示は鯱の目のみ苦笑と、
昨年はママが教えてくれず起きたら終わってたこと。
ということで、現説開始。
風は強いが、お天気良くて良かった。
弱点はこの後、右の看板が強風で倒れ水溜まりへ。
調査員と作業員さんが慌てて立て直すも
ビニール貼つてて汚れず、さすが。
本丸北堀にかかつていた土橋の側面石積み
本丸北堀の北東角。
一番上段の石積列が戦国最上氏氏、
中段(写真中央)・
下段(写真奥)が江戸後期の堀田氏か秋元氏時代。
中段下に瓦多量廃棄。
堀の断面。
水溜まりにさしたポールの下が堀底。
調査員の左横が全面瓦。
山形城は今は水があつて良く分からないが、
本丸北堀つて約3mくらいの深さだつたんだなー。
多量の瓦はこの北東角の櫓のではとのこと。
堀田か秋元時に改修工事の記録あり。
あと瓦も赤色が大半。
別の場所から出たソケット式の鯱(しやちほこ)のしつぽ。
完全体で焼くと思ってたので、知らなかった苦笑。
城内の他の所から出土した、
しつぽを合体してるのが小さい鯱(しやちほこ)群。
左が大きい鯱群。
今回出土は手前の白い目のみ悲笑。
で、目の大きさからすると本丸北東櫓に
乗つていた鯱は大きい鯱だつたのだろうという展示。
記念写真
終わってから了解を頂き、
しつぽの接合を確認させて頂く。深謝。
後ろは山形城(最上氏)担当の五十嵐君と
今年新庄城(戸沢氏)担当のs原君が語り合う。
《配信:2023.12.28》by akky
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