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その161

向上しない私の工場物語

 以前の号で、無謀にも中学校で理科を教えたことがあると書いたが、無謀にもエンジニアの通訳をしたことがある。

 早期に退職してフラフラしていたら、知人からの紹介で、地元のK芝電気(T芝電気の子会社)で、ブラジルからくる技術者の通訳の仕事を打診された。

 ちょっと無理と断ったのだが、他に適任者がいないという。

 ブラジル人だが英語はできるので、日本人技術者との通訳は英語できるというが内容が超苦手な電気分野だ。

 電気といえばオームの法則しか分らない。

 ツーカ、天下のT芝電気ならば専属の通訳ぐらいはいると思うが、リーマンショック後の経費削減で、本社からの通訳派遣はないのか。

 と思いつつも、知人には何かと義理があるのでギリギリの判断で、無謀にも引き受けてしまった。

 報酬が貰えるということもあり、最低限の予備知識のため、娘の中学時代の理科の教科書で電気の学習をしたが、サスガに「オームの法則、新田恵理」とは書いてなかっな。

 たしか「右手の法則」なんていう磁界と力の関係を表わす法則もあったが、「磁界」を「自戒」と変換する私のパソコンは、既に所有者の私に合せてAI化している。

 不安ながらも当日を迎え工場に出社した。工場の受付で外来者のネームカードをもらい、案内された二階の部屋の窓から、工場に次々と出社してくる勤勉な労働者諸君をボーっと眺めていたら、大きな外人と日本人社員が部屋に入ってきた。

 外人に英語で挨拶してから、日本人社員と打ち合わせをし、構内で着る作業用上着を渡される。

 K芝電気のロゴがあってカッコいい。

 ブラジル人にも着るようにと通訳してほしいが無理はしなくていいという。

 文化的な違いもあり遠慮しているのだなと思いつつも、ここはきちんと通訳して存在感を出したい。

「郷に入れば、郷に従え」を例にして作業着を着るのはルールだと説明したら、「OK、OK」と言って理解してくれ着てみたが、体が大きすぎて着れない。社員に聞いたら、これ以上大きいサイズはないという。

 担当者が人事部に連絡して特大を発注するが、すぐは無理なので「私服でオッケー」になった。

 わざわざ一人のために特大の作業着を準備する必要もないと思うが、大きな声では言えない。「郷に入れば、郷に従え」だ。

 このブラジル人だが、実はそんなに英語が話せるわけでもなく、時々ポルトガル語が混じる。

 私がわかるポルトガル語は「オブリガード」(ありがとう)だけで、あとは身振り手振りになるが、こんなで「電気技術」が伝わるのかと、かなり不安になってきた。

 安易に引き受けるのではなかったと後悔したが、なんと日本人技術者とブラジル人技術者が電気配線図の図面をみながら、互いに意思疎通してるではないか。

 つまり電気配線図は世界共通言語なのだ。さすがエンジニアはエライ。

 彼はブラジルの電力会社のエンジニアで、日本の変圧器を輸入するらしく、T芝の変圧器の性能や取り扱いの研修にきているらしい。

 リオデジャネイロオリンピックを前にしてブラジルでは、社会資本の整備が急務で電力会社も特需らしい。

 T芝にしても自社のシステムが配備されれば大儲けだ。

 担当の日本人社員は、自社の製品が輸出されるのは嬉しいが、そうなるとメンテナンス等の仕事でブラジル勤務になるかもしれないと不安気だった。

 自分は家族がいるので本音は遠い外国には行きたくないらしい。

 彼の目が「♪光るー光るーT芝」のように光り輝いていない。

 落ち込んでいる彼を、なんとか励まそうと「コパカバーナビーチに行けば、ビキニのネーちゃん、ウハウハですよ」と軽薄なことを言ったが、私の頭は「おバカバーナ」だな。

 あの広大なブラジルの電気事業に参入できれば、会社は相当な利益が確実だが仕事は大変だ。

 海外勤務手当は貰えるが安全な生活のための経費もかかる。

 担当の日本人技術者は家族持ちの係長と若いイケメンの主任がいたのだが、イケメンが私に「ボクは彼女がいるので行きません」とささやいた。

「男なら、行けメン」だが、彼女が同意しなければ仕方ない。

 彼女をおいて単身赴任もあるが、長引けば彼女に新しい恋人ができるかもしれない。

 一度、二人の関係が絶縁になればT芝の変圧器を使っても簡単には復旧回復できない。

 アマゾンの中心で愛を叫んでも日本の彼女には届かないな。

 ブラジル人技術者が宿泊しているホテルが私の自宅と近いので、仕事帰りは私の車に同乗させた。

 職務以外の生活サポートは契約外なのでダメなのだが、私もラテンの血が流れているのか、基本アバウトで周波数が合う。

 私が定年前にリタイアしたと言ったら、「リタイアしたのに、どーして、今仕事をしているのか」と質問され返答に困った。

 彼も早く仕事をリタイアして、庭のガーデニングとかしてノンビリ家族と生活したいと言い、家族の写真を私に見せてくれた。

 ホテル生活で運動不足になるのでウオーキング用のシューズを買いに運動具店に行きたいと言う。

 ホテルから歩いていける運動具店への地図を渡すが、彼に合う大きなシューズは恐らくない。

 だからといってホテルの部屋でバタバタ運動したら、床の強度が心配だし階下の部屋は迷惑だ。

 私の車に同乗させずに行きも帰りも、福島ー松川間は電車を利用させ、あとは革靴でも歩かせた方がよかったな。

 間もなく、工場での専門的な電気技術の内容は通訳なしでもホボできる事がわかり、私は無用なってお役御免になった。

 工場内は企業秘密の部分もあり部外者は長く構内に入れたくないのかもしれない。

 私が産業スパイだったら、小型カメラで実験棟内の機材を写真にとり、ライバル会社に売りこんだりするのか。

 ちなみに「気になるライバル会社」は「♪こ〜の木、何の木、気になる・・・」のH立だな。

 当初、工場には若い女子工員が大勢いて、社員食堂に行って雑談したり、昼休みは広場でバレーボールを一緒にしたりと、倍賞千恵子主演の映画「下町の太陽」の場面を期待したのだが「♪下町の空に輝く、太陽は」のような明るく若い女子工員との出会いはなかった。

 昼休みに若い工員達が輪になってバレーボールをする。男女の間に上がったボールを、お互いに見合ってしまって地面に落ちたボールがころがる。

 周りの者は「お見合い、お見合い」と二人をはやす。二人は照れているが、まんざらでもなさそうだ。

 間もなく午後の始業ベルなり工場内に足早に駆け込む。なんて、いつ
もの昭和妄想だな。

 下町の空を輝かせたのは太陽だが、街を明るくしたのは高度成長を支えた若い工場労働者だ。

 その団塊世代も段階的に少なくなって昭和も遠く小さくなって行く。

 私の工場物語だが、相変わらず向上しない私のブログ内容だと、いつもの口上で終わります。

 (2021.2.27)アンブレラあつし

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