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その143

人生は、寸暇を惜しんで、暇つぶし

 前に話した古関裕而記念館だが、暇な時に時間潰しに行っていた。年末年始以外は年中無休だし入場無料で、いつも空いていた。

 二階の展示室は飲食禁止になっているが、一階ラウンジ休憩室では室内自販機で買った缶コーヒーなど飲める。

 ボーっとプロモーション映像ビデオを見ながら過ごすが、前回の東京オリンピックの入場行進曲は、脳内に旋律がすりこまれていて何回聴いても感動的だ。

 何回も聴くことを「レコードがすりきれるほど聴く」なんて言うが、これも昭和の死語か。

 かといって言い換えて「CDがすりきれる」なんては言えない。以前は「カセットテープがのびるほど」なんて言った事もあったのか。

 今やカセットテープも昭和古語になっているが、外も内もすりきれた頭で言葉アソビをしているボクです。

 暇つぶしも平日の公立図書館は、私と同じような高齢者が大勢いて自分を見ているようで心苦しいが、この記念館は誰もいないことが多いので気楽だ。

 高齢化すれば筋力も金力も衰えるが、年金生活の極意は金を使わないで余暇を過ごす事だ。

 筋力アップのサプリはあるが、金力アップのサプリは聞かない。

 効果のないサプリには「このサプリ、サップリ効かない」なんてコメントするとウケルのか。

「人生は、寸暇を惜しんで、暇つぶし」なんて季語のいらない川柳を考えながら、記念館の来館者ノートなどながめる。

 字は体を表わすで、達筆な人の感想は概ね美しい日本語で、来館の感想が書かれている。

 昔、字は記号で読めればいいと思っていた私だが、文字も視覚表現であり見た目も大事だ。

 ノートに書くという事は、読まれる事を前提としているわけで、読み手が心地よくなる文章を書く事が必要だと思う。

 中にはナグリ書きで落書きのような文章もあり不快だが、ほぼ百
%匿名だ。匿名社会は不節操になるな。

 昨年末に記念館に行った時に、古関裕而の妻になる内山金子の手紙を見たが内容が情熱的でスゴイ。

 文面を読みながら、こんなラブレターを女性に書かせる男は偉大だ。やはり芸術家は女性にモテルる。

 私もゲイジュツカの端くれのハシクレなので、大ブレークすればモテルのか。

 かつて私の周りにも若い女性が多数集まった時代もあったが、仕事がら小学生の女の子や中学生の女子ばかりだったな。

 小説家の伊集院静の妻は、女優の夏目雅子や篠ひろ子で彼はモテ過ぎる。

 日本は法治国家だが美女の独占禁止法はないのか。

 羨ましく思う私だが、今から小説家はムリなので、文章が短くてすむ詩人はどうか。

「詩人にクチナシの花」なんてダジャレをいっているようでは見込みはないな。

 俳人は俳句で詩よりさらに短いが「アルプスの少女、ハイジン」とか「ハイジン28号」なんて書いているようでは絶望的だし、「廃人」なんて漢字変換されるので注意だ。

 川柳はユーモアが大事なので資質があるかもしれないと自負するが、川柳作家なんてモテそうにもない。

 モテルために芸術を志すのは動機不純だが、悪友を同期不純なんて言ってはいけないな。

「純」のつく語で純喫茶とか純文学ってあるが、この純って一体何だ。

 ジュンだが6月中旬を、英語でチュウジューンなんて言わないし、6月の花嫁は自慢だがジューンプライドとは言いませんから。

 前記した芸術家の端くれのハシクレを英語でギブミー、チョップスティックなんてAIは英訳しないのか。

 AIが進歩すれば、ダジャレやジョークも学習してしまい私の出番もなくなるが、すりきれたレコードのような、のびたテープのような不協音のジョークを書き続けるボクで、最後はいつも「すりきれトンボ」だ。

 (2020.6.20)アンブレラあつし

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